※バイオ4『THE MERCENARIES』舞台
「隊長!ハンク隊長!!」
「何だ、煩いぞ名前」
ハンクはガナードに『処刑』を執行しながら、自分に向かってくる名前を見た。
「何か……チェーンソー持った姉妹が追いかけて来るんです!!」
名前の背後には確かに、奇声を上げてチェーンソーを振り回すガナードがいた。
「アイツらショットガンで吹き飛ばしても全然死なないんですよ!!」
名前は一度振り返ってチェーンソー姉妹に弾丸をお見舞いする。姉妹は「ギャッ」と声を上げて後方に吹っ飛んだが、すぐに起き上がるとまた名前を目指して走って来た。
「ギャアアアア!!隊長オオオオ!!隊長ならアイツらも処刑で瞬殺してくれますよね!?」
ハンクの元に辿り着いた名前は必死の形相でハンクに縋る。
「ヘリの救援が来るまではお互い別行動だと言っただろう、離れろ」
「そんな!私のヘボ装備じゃ、あんなの一体倒すのでも精一杯ですよ!!」
名前は短期任務だと聞いていたので、ハンドガンとショットガンくらいしか装備をしてこなかった。村人ガナードなんて銃だけで楽勝だと思い装備を怠ったのが仇となった。
「ここは戦場だ……運命は自ら切り開け……」
「名言キタアアア!!この状況で言われても全然嬉しくないですけど!!お、お願いしますよ助けてくださいい!!」
「…………」
冷静に考えれば名前の言うことにも一理ある。ハンクとてあれを同時に倒すことは不可能に近い。そうこうしている内にもチェーンソー姉妹がこちらに近づいて来る。
「良いか名前。あいつらを分散させる。手前に居る一体は私が引き受ける。後方の一体はお前が倒せ」
ハンクは素早く支持を出しながら応戦しやすい場所を探して辺りを見回す。
「私はあの家に立て籠もる。お前はあの家に入って応戦しろ」
「はっ、はい!」
ハンクが指し示したのは、ハンクが立て籠もるといった家の反対側だった。
言うが早いかハンクは敵を引き付けるため、自らチェーンソー姉妹の方へ走って行く。今まで名前に狙いを定めていたチェーンソー姉妹の一体がハンクの存在に気付くと、「ウリャアアア!!」と奇声を上げてハンクにチェンソーを振り下ろす。
「ハンク隊長!!」
ハンクの指示通り行動しながら名前は思わず叫ぶ。ハンクは上半身を逸らして巧みにチェーンソーを躱すと、名前のいる反対側の家に突入する。
「私に構うな、早く動け!!」
「……はっ、はい!」
名前はハンクの指示に従い家に飛び込んだ。
名前はすぐに扉を閉めて階段を中程まで上がり、装備を一通り確認した後、一階の扉に向かって銃口の狙いを定める。
ドン、ドンと外側から戸を叩く音が数回した後、バン!と勢いよく扉が開きチェーンソー姉妹の一体が入って来た。名前はすかさずショットガンをガナードの頭部目掛けて撃った。その衝撃でガナードはその場に倒れたので、そのままショットガンを撃ちまくる。
人間なら確実に死ぬであろう弾数を浴びてもガナードが起き上がる気配を見せたので、名前は寒気を感じながらまた距離を開けるよう即座に階段を上ろうとした。だが今度は「よくもやりやがったな!」と言わんばかりにガナードが全力疾走で名前を追いかけてきた。
「ギャアアアアア!!」
思わず名前はガナードを階段から蹴り飛ばした。階段の上で平衡を失ったガナードはチェーンソーと一緒にゴロゴロと階段から転落し、そのまま動かなくなった。
「……あれ?」
階下に転がり落ちたガナードは大の字になって倒れたまま、起きる様子を見せない。
「……そんな、まさか」
名前は階段を下りて、恐る恐るガナードの様子を確認する。怖々、足で体をつついてみたが死んだらしい。
「え……嘘……」
名前は唖然とした。何だか急にガナードが可哀相に思えてきたのでガナードの前で合掌していると、突然ドカアアアン!!と凄まじい爆発音がした。
「何……!?」
名前は急いで家の扉を開けた。
「!」
外を見ると、名前の居る向かい側の家がボロボロに倒壊し炎に包まれている。
「ハ、ハンク隊長!!死ぬなーーー!!」
名前は絶叫し、我を忘れて燃え盛る炎の中へ飛び込もうとした。が、その腕を何かに掴まれる。
「勝手に私を殺すな」
名前の腕を掴んでいたのはハンクだった。
「あれは私が手榴弾を投げただけだ。チェーンソー以外のガナードも家の中に引き付けて爆破しておいたから、もうこの辺りのガナードは全滅しただろう」
ハンクは爆風で纏わり付いた灰を手で払いながら冷静に戦況報告をするが、名前はただ俯いていた。
「……名前?」
「よ……」
「?」
「良かったああ!!」
「!?」
名前はハンクの首を絞めんばかりに縋りついた。
「私を置いて死んだら絶対許しませんよ隊長~っ!!」
「くっ、苦しい……止めろ名前!!」
ハンクは強引に名前を引きはがすと名前の両頬を思い切り引っ張った。
「っだ!!いだだだだだ!!」
「私を絞め殺す気か……とんでもないヤツだなお前は」
「隊長は手榴弾沢山装備していたので、もしかして追い詰められて自爆したのかと……」
「…………」
ハンクは更に名前の頬を容赦なく引っ張る。
「いっいふぁい!!ほふひはへはひはへふふぃふょふ!!(痛い、申し訳ありません師匠)」
「お前の師匠になった覚えはない」
「ふぁふへ、ふぁいふぁふぃふぃふぉへへふんへふは(何で、会話聞き取れてるんですか)」
「……読唇術だ」
名前は反省しているようなのでハンクは頬を引っ張るのを止める。
「隊長、酷いですよ……心配していたのに……」
赤くなった頬を擦ってシュンとする名前を見て、ハンクはハッとする。
「すまない……痛かったか?」
思い切り引っ張ったとは言っても加減したつもりだが、それでも男性の自分の力では中々痛かったのかも知れない。ハンクは名前の手を除けて頬に触れる。
「な、何か恥ずかしいです……もう大丈夫ですよ」
「……と言いつつ顔がニヤけているぞ」
「そりゃ、そうですよ。隊長に触られるなんてそうそうないんですから」
「……どうやら処刑されたいようだな」
ハンクは名前の頬に添えていた両手をそっと名前の首に持って行き捻ろうとする。
「ちょっ!隊長ジョークですよ、ジョーク!!」
名前は首の筋肉に全身全霊の力を籠めてハンクの殺意に抗う。今の名前には、間近で見るハンクのガスマスクが正に「死神」そのものに見えた。
名前は部下でありながらハンクのガスマスクの下の素顔を見たことがない。いつかその素顔を拝むことが彼の部下になった最大の目的の一つでもあるのだが、それは目の前の死神には口が裂けても言えない。というか口が裂ける前に、首が180度回転させられようとしている。
「隊長オオオオ!!『処刑』を一般人にやったらただの猟奇殺人鬼ですよ!!」
「殺人に普通も猟奇もあるか。殺人は殺人だ」
「ツッコむとこ、そこ!?いや私が言いたいのはそうじゃなくて……!!」
ハンクと名前が必死の攻防を繰り広げていると、突然風が強くなり、ハンクと名前は動きを止めた。
「?」
名前とハンクが同時に空を見上げると、上空から救助ヘリの音が近づいてくる。
「……やりましたね隊長!今回の任務、成功ですよ!!」
言いながら名前は力が弱まった隙にハンクの魔の手から逃れる。救いを得た名前は心の中でヘリに感謝した。
嬉しさに跳ね回る名前を見ていると、ハンクもさっきまでの攻防が馬鹿らしくなり、ガスマスクの下で苦笑を零した。
やがてヘリが下りてくると、ハンクは名前に手を差し出す。
「先に乗れ」
「た……隊長紳士ー!!」
「うるさい早く乗れ」
「痛っ!……あ、ありがとうございます!」
最後まで言い合いを続けながら、名前とハンクはヘリに乗り込んだ。
―――――
散々チェーンソー姉妹に追いかけられて疲れたのだろう、名前はハンクの肩に凭れ掛かって眠ってしまった。
「……隊長……私はいつか……そのマスクの下を……」
密かな野望を寝言で暴露する名前に、ハンクは呆れて笑ってしまう。
「……全くおかしなことを考えるな、お前は」
そう呟くハンクはもうガスマスクを外している。名前が後で知ったら悔しがるに違いない。
だが、偵察も仕事の一環であるハンクはそう簡単に人前で素顔を晒す訳にはいかない。それが例え部下であってもだ。
「お前がいつか私と肩を並べるほどになったら……そのときはお前の望みを受け入れよう」
無防備な名前の寝顔を見るハンクは穏やかにそう言った。