Your Red Eyes1

クリスとシェバはウェスカーの後を追って遺跡からトライセル研究所に侵入し、探索を続けていた。二人が先へ進むにつれて、何故かクリスとシェバが倒したのではない、マジニの死骸があちこちに転がっている。それらは武装兵ではなく、元は一般人だったと思われる服装をしていた。

「この死体……一体誰が……」
「恐らく、ウェスカーの実験体として運ばれてきたんだろう」

シェバの声にクリスが答えていると、突然フッと人影が二人の前を横切った。

「誰だ!」

すぐにクリスが銃を構えると、そこに立っていたのはエクセラだった。

「うっ……」

エクセラはうずくまるように体を前屈みにし、苦しそうに顔を歪めている。何だか様子がおかしかった。

「……?」

クリスとシェバは警戒しつつ、距離を取ったままエクセラの様子を窺っていた。エクセラはクリス達に対抗する余裕もないようで、ただ苦痛に呻いている。

「どうして……あなたのために……全てを捧げたのに……」

エクセラがそう呟いたとき、どこからともなくスピーカー越しにウェスカーの声が聞こえた。

「クリス、いるんだろう?」
「この声は……ウェスカー!」

クリスとシェバは辺りを見回すが、ウェスカーの位置は分からない。

「安心しろ、クリス……お前の任務もここで終わりだ。今夜ウロボロス計画を実行する……六十億人の苦痛、悲鳴……そうして世界に新たな均衡が生まれる……」
「ウェスカー!お前の好きにさせるか!」

ウェスカーの声が聞こえると、エクセラはウェスカーに向かって必死に叫ぶ。

「アルバート……一緒に世界を変えるってそう言ったのに……どうしてなの!」

その言葉で、クリスとシェバは、エクセラがウェスカーに何かされたらしいと気付く。

「エクセラはウェスカーの仲間じゃなかったの?」
「ウェスカーにとっては違う。奴にとって、他人はいつでも利用する存在に過ぎない」

ウェスカーはエクセラの言葉には答えず、クリスに話しかける。

「もうじきお前にも分かるだろう。ウロボロスに選ばれた者だけが生きる、新たな世界の姿がな」
「何処にいる?姿を見せろ!」
「残念だが、お前の相手をしている時間はない。……エクセラ、お前には新時代を生きる資格はなかったようだな……今までご苦労だった。最後の仕事をお前にやろう」
「アルバート……待って……アルバートォオ!!」

ウェスカーに利用されたと気付いたエクセラは、怒りとも悲鳴ともつかない叫びを上げて天を仰いだ。
苦痛に藻掻き続けていたエクセラはそのまま硬直し、その口からウロボロスの触手が吐き出される。

「あれは……!?」

クリスとシェバはエクセラに向かって銃を構えた。エクセラの口から吐き出されたウロボロスの触手は、辺りに転がっていたマジニの死体を巻き込み、エクセラの体を核としてみるみる巨大化していく。ウロボロスに巻き込まれた死体の塊は、わずか数秒でクリス達の身長を超える大きさにまで成長していった。
やがてウロボロスの巨大な触手が巨人の腕のようにクリスとシェバを叩き潰すように襲い掛かり、二人は何とかそれを避ける。

「このままではあれを倒せない!一端退避するぞ!!」

クリスはシェバの腕を引き、襲い掛かるウロボロスの触手を避けながらその場から避難した。

―――――

元々ウェスカーは、エクセラにウロボロスが適合しないことは分かっていた。ただ、利害関係が一致している間は敢えてその事実を黙認し、エクセラを利用していた。そしてエクセラを利用し尽くした後は、最終的に存在を消すことも最初から計画の内だった。

ウロボロス計画の詳細を知っている人間は自分だけで良い。よってウロボロス計画に深く関わっているエクセラを生かしておくわけにはいかなかった。ただ、エクセラを殺害するにしても、ウロボロスに感染させることは当初の予定にはなかった。セトの報せを受けてクリス達が自分を追っていることを知り、その対策として閃いたのが、感染によるエクセラの殺害だった。

クリーチャーに成り果てたエクセラにクリスとシェバを戦わせれば戦闘データも取れるだけでなく、名前と移動する間の時間稼ぎにもなる。これはウェスカーにとって一石二鳥の展開だった。

「セト。今からそちらへ向かう。すぐに離陸できるよう準備をしておいてくれ」
「畏まりました」

ウェスカーは、セトをウロボロスを積んだ爆撃機付近に待機させていた。
クリスとシェバがエクセラと戦っている間にウェスカーは名前と爆撃機に乗り込み、世界中にウロボロスを拡散させる計画だった。ウェスカーは眠っている名前を抱えたまま爆撃機のある飛行場まで向かう。

「待ちなさい!ウェスカー!!」

そのとき、背後から遠く、聞き覚えのある声がウェスカーを制止した。ウェスカーが振り返ると、そこにはクリス達に洗脳を解かれたジルが立っていた。

「逃がさないわよ……」

ジルはウェスカーに向かって銃を構えていた。
このまま爆撃機の方まで全速力で駆ければ、ジルを振り切ることもできるだろう。身体能力を考えれば、ウェスカーの方が圧倒的に有利ではある。だが今は名前が側にいる以上、あまり強引な手段は取りたくないとウェスカーは考えた。

「お前に付き合っている時間はない。ジル」
「……その人は誰なの?前にも研究所で見たけど」

ジルはウェスカーに銃を向けたまま、ウェスカーが腕に抱えている名前を見て尋ねた。

「お前に教える必要はない。お前とは何の関係もない女だ」
「……?」

何かを隠すようなウェスカーの答えにジルは訝しげな表情を浮かべたが、突然背後から襲い掛かってきた殺気に気付き、横転して回避する。今までジルが立っていた場所には、一人の男が立っていた。

「!、あなたは……」

ジルに不意打ちを仕掛けた男はセトだった。
セトはウェスカーの命令でジルにP30を投与し、その後はウェスカーに操られたジルの面倒を見ていた。そのため、ジルは操られている意識の中でも、何となくセトのことを覚えていた。
セトは左手にナイフを逆手に持ち、その構えのままジルへ近づいてくる。

「あなたには私が相手になりましょう」

セトは静かにそう言いながら、ナイフを顔の近くに構える。高く掲げられた刃が月光を反射し、セトの目がギラリと鋭く光った。

「くっ……」

ジルの立っている場所からは、セトを越えた先にウェスカーが爆撃機まで向かっていく姿が見える。ジルは焦りを感じつつも、セトを振り切ってウェスカーを追うのは無謀だと思った。ジルは、セトに向かって銃を構える。

「私に妙な薬を打ったのはあなただけど……その後あなたには色々世話になったわ。だから、本当はあなたを攻撃したくない」
「私はアルバート様の命令であなたを監視していただけです。遠慮なく来てください」
「そう……なら、その通りにさせてもらうわ!」

その言葉を皮切りに、ジルはマシンガンをセトに向かって撃った。しかしセトの動きは素早く、華麗とまでいえる俊敏な動きで弾丸を回避していく。修練で身に着けたものだけではない、尋常ならざるセトの動きに、ジルは彼も自分と同じP30を投与された被験者なのではないかと気づいた。

「あなたもウェスカーの操り人形って訳ね……」

突如、セトはジルに向かって手に持っていたナイフを飛ばす。ジルはそれを避けたが、その動きを予想していたかのように、セトは電光石火の勢いでジルの背後に回り込む。

「ぐっ……!」

ドンという音と共に、熱い痛みがジルの右腕に走る。ジルはセトと距離を置くよう離れたものの、その腕には血が滲んでいた。

「思案事は……油断の元ですよ」

ジルにそう言ったセトの右手にはハンドガンが握られている。セトはどうやら、ナイフとハンドガンを状況によって交互に使い分けるらしい。ジルの右腕を撃ち抜いたのは、銃を扱う腕を封じるためだった。

「…………」

セトはウェスカーの側近なだけあり、一筋縄には倒せない。だが、このままウェスカーを易々と爆撃機に乗せる訳にもいかない。一体どうするべきか。
ジルが思案しているその間に、セトは先程ジルがかわして、地面に転がっていたナイフを拾う。そして再びそれを構えた。

「再び服従するなら、アルバート様も許してくださるでしょう」
「馬鹿なことを言わないで!あなただって、ウェスカーに操られていると気付かないの!?」
「……分かっていますよ。そんなこと」
「!」

セトの呟きに、ジルは言葉を失う。

「セト、あなたは……」
「ジル!!」

ジルが何か言いかけたとき、背後から声が聞こえた。ジルが首だけで背後を振り返ると、クリスとシェバが全速力で走ってくる姿が見えた。
二人はエクセラを巻き込んで巨大化したウロボロスを衛星レーザー砲で撃退し、再びウェスカーの後を追ってここまで辿り着いた。

「クリス、シェバ!!」

救いを得たようにジルの声は明るくなる。しかし、前方から飛んできたセトの殺気に気付いたジルは、セトの投げたナイフを即座に避けた。

「ジル!?あれは一体……」
「誰かと戦っているわ!」

ジルの近くに来たクリスとシェバも、セトに銃を向ける。

「あの男は誰だ?」
「ウェスカーの手下よ。けど、彼もウェスカーに操られているの」
「何?」
「クリス、シェバ。この人は私が何とかする。あなた達はウェスカーを追って!もう間に合わない!!」

ウェスカーは既に爆撃機に乗り込もうとしていた。クリスはジルを援護するべきか一瞬迷ったが、今はウェスカーの阻止が先決と考え直す。

「ジル、ここは頼んだぞ!!」
「シェバもクリスをお願い!!」
「ええ、分かったわ!」

クリスとシェバがウェスカーの後を追う姿を見届けて、ジルは再びセトと対峙する。

「ここで死ぬ気ですか?素晴らしい正義感をお持ちですね。流石はBSAAだ」
「この状況で言われても、皮肉にしか聞こえないけど?」
「どう解釈してくださっても構いませんよ。どの道、あなたはここで死ぬのですから」

セトはそう言った後、ナイフを持って再びジルへ飛び掛かった。


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