※夢要素なし、キャラ崩壊
ある日、ウェスカーが重要な話があると言って、アルファチームのメンバーをスターズオフィスに集めた。といっても、バリー、ジョセフ、ブラッドは出張で不在のため、クリスとジルだけがオフィスにやってくる。
ウェスカーが隊長席に座り、机を隔ててクリスとジルが並んでいる。重要な話と聞いているので、二人は緊張気味でウェスカーの前に立っていた。
「……前から思っていたことがある」
沈黙を破るように、唐突にウェスカーが口を開く。新しい任務の話かと、クリスとジルは真剣な面持ちで聞いていた。
「何故皆、私のことをウェスカーと呼ぶんだ?」
「……え?」
唐突なウェスカーの発言に、クリスとジルは顔を見合わせる。
「だって、隊長のラストネームはウェスカーだろ?」
「もしかしてずっと間違ってた?ウィスカーとか、ウォスカーとかだった?」
「いや……ウェスカーで合っている」
ジルの天然発言に呆れながら、私が言いたいのはそういうことじゃないとウェスカーは言葉を続ける。
「何故私だけ、ウェスカーとラストネームで呼ばれるんだ?」
「え?……ああ、そう言われてみると確かに……」
クリス、ジルなどスターズメンバーは相手の名前をファーストネーム(名前)で呼んでいるが、ウェスカーのことはアルバートでなく、皆ウェスカーとラストネーム(苗字)で呼んでいた。
「それは、ウェスカーが隊長だからじゃないの?」
「副隊長のエンリコさえファーストネームで呼ばれているのに、何故私だけウェスカーなんだ……」
どうやらウェスカーは、自分だけラストネームで呼ばれるのが不満らしい。
「お前達、今日から私のこともアルバートと呼べ!」
「……今更アルバートって言いにくくないか。ウェスカーの方が呼びやすいだろ」
「……何だクリス……お前は私を仲間外れにするつもりか?」
ウェスカーはサングラス越しに鋭い視線でクリスを睨みつける。ギンと赤い光線が飛んできたような気がしたクリスは、思わず体を逸らした。
「いや、仲間外れとかそういうのじゃなくて、今更面倒くさいっていうか……もがっ」
余計なことまで率直に話すクリスの口を、隣にいたジルが即座に押さえる。だが、ウェスカーの地獄耳はクリスの言葉を聞き洩らさなかった。
「何!?私の名前を呼ぶのが面倒だと!」
ウェスカーはダーン、と机を叩きながら勢いよく立ち上がった。そのままクリスに掴みかからんばかりの勢いだったが、何かが吹っ切れたように椅子に座り直すと、そのまま机の上にうずくまる。
「ああ……私の名前も呼んでくれないとは。お前はそんなに冷たい奴だったのか……クリス……」
ウェスカーは机に突っ伏しているので顔は見えないが、グスッと鼻をすする音が聞こえた。
「……もしかしてウェスカー泣いてる?」
「ああもう、クリスが傷つけるようなこと言うから!」
「え!?俺のせいかよ?」
クリスとジルは落ち込むウェスカーを前にヒソヒソ言い合っている。
「こうなったら、許してもらえるまで謝ってきなさい」
「なっ!?おい、ジル!!」
ジルがウェスカーの机に向かって、クリスの背中を押した。消沈しているウェスカーを前に、クリスは困ったように頭を掻く。
「わっ、悪かったよ。ウェ……じゃないアルバート!」
「……黙れクリスの阿保」
「機嫌直せよアルバート!ほら、もう2回も名前呼んでるんだから許してくれよ!!」
「回数の問題じゃない」
「じっ……じゃあどうすれば良いんだよ?」
「これからもずっとアルバートと呼ぶと約束しろ」
「分かった!分かったから、もうそんなに落ち込まなくても良いだろ?」
「…………」
クリスの言葉を聞いたウェスカーは突然顔を上げたかと思うと、机の上に置いてあったティッシュを取って鼻をかむ。その表情はいつものように平然としていた。
「あっ、嘘泣き!」
「嘘泣き?何のことだ」
「だって今泣いていただろう?」
「泣いてなどいない。ただちょっと、最近鼻炎気味でな」
「紛らわしいことすんな!!」
怒るクリスをよそに、ウェスカーは鼻をかんで澄ました顔をしている。
「ああー!やっぱこの人めんどくさい!!あのサングラス叩き割りたい!!」
ウェスカーは腐っても上司なので、ムカついてもぶん殴る訳にはいかない。クリスはイライラしながら頭を掻き毟り、困り果てたようにその場にうずくまった。
「ではそういう訳で、今日から私のことはアルバートと呼べ。バリー達にも伝えておけよ」
ウェスカーはクリスのことなどお構いなく、改めてそう明言した。
「でも、やっぱりウェスカーは隊長でしょう。そんな気安く名前なんて呼べないわよ」
今までカップルの痴話喧嘩のような光景を冷めた目で見ていたジルは、相棒のクリスがパワハラされた仕返しに、ここぞとばかりチクリと反論する。
「だから、普段から皆私にタメ語で話すくせに、何故そこだけ隊長扱いになる?」
「ウェスカーが隊長だからとか、皆そんなに意識してないと思うわよ。普段はメンバーの一人って感じで接していると思う。でも隊長であることに変わりないから、タメ語で話せても自然と名前だけは呼びにくいんじゃない?」
「ふむ……」
「あとはさっきクリスも言ったけど、ただウェスカーの方が呼びやすいとか、そんな感じじゃないかしら」
「そんな感じって、どんな感じだ」
「だから、例えば私のことバレンタインとか一々呼んでたら、何か冗長で呼びにくいでしょう?クリスだってレッドフィールド、って呼んだら長いし。ウェスカーの場合は、ラストネームの方が呼びやすいからウェスカーって呼ばれるようになったと思うんだけど」
そう言って、ジルは尤もらしく理由を並べ立てた。
「ふむ、なるほど……」
(納得してるし……)
ジルはただ思いついたことを適当に言っただけなのだが、ウェスカーは妙に納得している様子だった。
「では、愛称で呼ぶのはどうだ?」
「愛称?」
「そうだ。私のファーストネームはアルバートだからアル、もしくはバートと呼ぶのはどうだ」
「隊長なのに、そんなフランクで良いの?」
「アル、バートだったらウェスカーより呼びやすいだろう?」
クリス達にとっては、アルバートだろうが愛称だろうが、正直どっちでもいい。というか、どんだけファーストネームで呼ばれたいんだよと、クリスとジルはそっちの方を考えていた。
「そうだ、それが良い。クリス、ジル。今日から私のことはファーストネームか愛称で呼べ!」
勝手に一人で納得したウェスカーは、「これは隊長命令だ」と冗談なのか本気なのか分からないことを言って、鼻歌を歌いながら事務室を出ていく。
「何だよ。捨て台詞にパワハラ発言かよ……」
ウェスカーがいなくなって、やっと心のHPが回復したクリスは立ち上がる。
「というか、今日の重要な話ってこのこと?」
「……みたいだな」
「あんまりよ。仕事の時間を割いて来たっていうのに……」
「このまま付け上がらせておくのは許せないな……」
「それもそうね」
クリスとジルは顔を見合わせて頷く。自分勝手に振舞うウェスカーに、クリスとジルは灸を据えることにした。
―――――
翌日、ウェスカーは何事もなかったかのようにスターズオフィスへ出社してきた。
「おはよう。スターズ諸君」
颯爽と自分のデスクへ向かうウェスカーはいつも通りクールを装っているが、昨日の(くだらない)話し合いのためか、何となく機嫌の良さそうな雰囲気が伝わってくる。もうウェスカーと付き合いの長いクリスやジルは、こういうときのウェスカーは心の中はルンルンお花畑だということを知っている。
昨日ウェスカーがいなくなった後、クリスとジルは日頃から散々パシリに使われたり、好き勝手な命令ばかりされている恨みを込めて、その妄想花畑をバラバラに崩壊させてやると密かに話し合っていた。
ウェスカーが大量のファイルを抱えながら自分の机に座ろうとする前に、クリスがにこやかに挨拶する。
「あっ、おはようグラサン!」
「!?」
突然そう話しかけられたウェスカーは腕に抱えていたファイルをバサバサと落とし、耳を疑うようにクリスを見た。
「おはよう。その様子だと、グラサンはいや?だったらサングラがいい?」
ジルが怖いくらいキラキラした笑顔で、ウェスカーを見ながら話しかける。
「お前達、一体……」
「あの後バリー、ジョセフ、ブラッドにも相談したら、いつも隊長はサングラスかけてるからグラサンが良いんじゃないって提案されたの。だから今度からグラサンって呼ぶことにしたわ!」
クリスとジルはそう言って、外用があるからとバタバタとオフィスを後にする。
「おい!お前達、待て!」
一人取り残されたウェスカーは、足下に落としたファイルも忘れて、呆然とその場に立ち尽くす。
「グ、グラサンだと……この私を……っ」
皆から「アルバート☆」と親しげに呼ばれる妄想が早々に打ち砕かれ、ウェスカーはその怒りから拳を握り締める。
「あいつら……許さん……!」
クリスとジルを追いかけようとしたウェスカーだったが、名前の呼び方くらいでオフィスで騒ぎ立てるなど、スターズ隊長としてダサい、あり得ないとウェスカーは思い直す。そしてとりあえず足元に散らばった書類を拾い上げ、今日の仕事に専念することにした。
グラサン呼びはバリー達と話し合ったとジルが言っていたがそれは嘘で、きっとクリスとジルが勝手に決めたんだろうとウェスカーは考えていた。それに、クリスとジルにグラサンと呼ぶなと言うと、却ってわざと言い続けてくるに違いないとウェスカーは思っていた。だからグラサンと呼ばれても、ウェスカーはあえて怒らずそのまま放置していた。
そのうちクリスとジルもグラサン呼びに飽きて、また元に戻るだろう。ウェスカーはそう思っていた。だが、状況はウェスカーが予想していたようにはならなかった。日が経つといつの間にかグラサン呼びが浸透して、ウェスカーはアルファチームの皆から「グラサン隊長」と呼ばれるようになっていた。
「グラサン隊長ォオ!」
「フン……(後で殺す)」
クリスがわざとらしく大声でウェスカーを呼ぶ。ウェスカーはグラサン隊長と呼ばれる度に内心ムカついていたが、これくらいで一々怒るのは格好悪いと思ってスルーしていた。
「あいつら、私を馬鹿にするとは……相変わらず良い度胸をしている……」
私が一体何をしたのだと、ウェスカーは遠回しに自分が責められる理由が分からなかった。そしてウェスカーは「私は何も悪くない」という態度を貫き通し、いつも通り仕事を続けていた。
しかし、そうしてグラサン隊長と呼ばれ続けている内に、ふとウェスカーはあることに気付く。
グラサン隊長と呼ぶとき、何故か隊員の皆は次第に笑顔になっていた。それはウェスカーを馬鹿にしているような笑顔ではなく、何となく皆嬉しそうであり、楽しそうな様子だった。
(どうせ、腹の底では馬鹿にしているだろう……)
疑い深いウェスカーはそう考えていた。だが、今までウェスカーと呼ばれていたときは皆少し緊張した表情で真面目な話しかしてこなかったのに、グラサン隊長と呼ばれるようになってからは、他愛ないことも話しかけられるようになった。
「グラサン隊長お疲れ。これ、チョコかキャンディー食べる?」
「グラサン隊長、今度の休みは皆で出かけないか?」
「グラサン隊長、鼻炎は治ったのか?鼻炎に効くハーブ調合しといたぜ!」
皆から優しい言葉を掛けられて、絶対グラサン隊長なんて呼ばれ続けたくないと思っていたウェスカーも心が揺らぐ。グラサン隊長なんて呼び名は格好悪いし、嫌だ。でも、皆が優しくしてくれるなら……とウェスカーの心は段々センチメンタルな乙女になっていた。
「まあ、偶になら許してやるか……」
ウェスカーは自分の机に飾ってある、スターズの集合写真を見ながらそう呟く。ウェスカーから見れば若いクリスやジルなど、まだまだ純粋で子供と変わらない。大きな子供が騒いでいると思えば、怒る気にもならなかった。
同い年のバリーや、クリス達より年長のジョセフ、ブラッドまで自分をグラサン隊長と言ってくるのはどうかと思うが、何だかんだ言っても長い付き合いなので、それも今までの付き合いに免じてやるとウェスカーは思い直すことにした。
ウェスカーが物思いに耽っていると、廊下をバタバタ走る音が聞こえてくる。そして、勢いよくオフィスの扉が開いた。
「ウェ……じゃない、グラサン隊長!いるか!?」
クリスが自分を呼ぶ大声が聞こえたので、ウェスカーは溜息を吐く。
「全く、騒々しい男だ……」
ウェスカーは徐に席を立ち上がる。クリスの慌てぶりからして、どうやら急報が入ったらしい。恐らく最近ラクーンシティを騒がせている人食い事件についてだろう。
「さて、行くとするか……」
そう呟くウェスカーの口元は僅かに笑っている。自分をからかうクリスに呆れる苦笑か、それとも既に人食い事件の真相を掴んでいるためか。
その笑みの意味は、ウェスカーにしか分からない。
―――――
(クリス。お前、さっきウェスカーと言いかけただろう)
(えっ!?き、気のせいだよ気のせい!!)
(……まあ、好きにしろ。悪ガキが)
(え?怒らないのか?ていうか、悪ガキって何だよ)
(私はお前達の悪戯に付き合ってやっているんだ。感謝するんだな)
(ジル……こいつ、全然反省してないんだけど……本当マイペースだよ、この人)
(何か言ったか?)
(……いや、何も!……ナルシストって怖い……)