The Profound Awakening1

※オリキャラ登場します

―2009年3月

トライセルアフリカ支社、研究所の一角にウェスカーはいた。ウェスカーのいる空間には、円を描くように夥しい数のカプセルが並列している。カプセルの一つ一つには実験体が収容されており、ウェスカーはそれらを管理するシステムに向かって、タッチキーを打っていた。

ウェスカーが操作を終えると、やがて一つのカプセルが彼のいるフロアまで降りてくる。ウェスカーがその前に立つと、カプセルの扉が開かれて、培養液と共に中にいた人間が床に転げ落ちた。床に気絶している人物をウェスカーは見下ろす。

「……ジル」

床に倒れているのは、ウェスカーのかつての部下であるジルだった。
ウェスカーは片膝をついてしゃがみ込み、ジルの頬を軽く叩く。その衝撃でジルの瞼がピクリと動き、うっすらと目が開いた。

「…………」

ジルはぼんやりとウェスカーを見上げていたが、その相手がウェスカーだと分かると、はっとしたように目を見開く。

「……長い眠りから覚めた気分はどうだ?」

ジルにそう囁いて、ウェスカーは口の端をつり上げる。

「ウェスカー……!」

ジルは素早く起き上がろうとしたが、途端に激しい頭痛に襲われて頭を抑える。

「目覚めたばかりで意識も覚束ないだろう。無駄な抵抗は止めておけ」
「……くっ」

ウェスカーは立ち上がり、冷然とした目でジルを見下ろした。

「私について来い」

ウェスカーはジルにそう言うと、実験体収容所の出口へ向かう。
今ウェスカーに反抗しても勝てる見込みはない。そう考えたジルはゆっくりと起き上がり、ウェスカーの後に続いた。

「寝覚め早々に悪いが、お前にはまだ私のために働いてもらう」

ウェスカーは歩きながら、背後を歩くジルに言う。口では悪いと言っているものの、ウェスカーの態度や雰囲気からはジルを気遣う様子はない。ジルは何も答えず、ただウェスカーに付き従っていた。


スペンサー殺害後、ウェスカーはジルを攫い、冷凍睡眠状態で眠らせていた。三年前にウェスカーがジルを殺害しなかったのは、優秀なジルをすぐに殺すのは惜しいという理由と、ジルの相棒であるクリスへの復讐のためだった。

ウェスカーはジルを冷凍睡眠させた後、まずはジルを実験体に利用できないか検査した。すると、ラクーンシティで感染したt-ウィルスが、僅かにジルの体内に残っていることが分かった。また、長い間ウィルスが潜伏していたことで、ジルの体内で新しい化学変化が起こり、強力なウィルス抗体が生成されていた。
ウェスカーはその抗体を利用して、ウロボロスウィルスの持つ強い毒性を抑えることに成功し、遂にウィルスを完成させた。

そうしてジルを研究に利用したウェスカーは、いずれその真実をクリスに知らせ、クリスとジルに苦痛を与える算段だった。


ウェスカーがジルを連れてきた部屋には、厳重に管理された一つの培養槽が設置されていた。その中には、ジルには面識のない女が眠っている。

「そこに座れ」

唐突にウェスカーはそう言って、培養槽の対面に設置されている椅子を指差した。その椅子には、無数の実験装置が据え付けられている。
どう見ても嫌な予感しかしなかったジルは、一瞬立ち止まって動かなかった。すると、ウェスカーがホルスターから拳銃を取り出し、それをジルに向けた。

「それに座っても死にはしない……従わないのであれば、ここでお前を殺す」

ウェスカーが座れ、ともう一度促すと、ジルは仕方なく言われる通り椅子に座った。
ジルが椅子に座ると装置が作動し、自動ベルトがジルの胴体と肘掛けに乗せられた手首を固定する。その間にウェスカーは、巨大な培養槽の前にあるパネルを操作していた。
するとジルの固定されている腕に、椅子に設置されていた注射針が突き刺さった。

「!」

注射針はみるみるジルの血液を採取していく。だが、ジルは腕を固定されているせいで身動きが取れない。採取された血液は椅子に繋がる管を伝って、謎の女が眠る巨大な培養槽に向かって流れていた。

「ウェスカー!一体何をするつもり!?」

ジルがウェスカーにそう言うと、ウェスカーはサングラスの中心を指で持ち上げてジルの方を向いた。

「いずれ……お前にも分かるときが来るだろう」

意味深にそう言って、ウェスカーはフッと口の端をつり上げる。
やがてジルの腕に刺さっていた注射針が抜けると、ジルの体を拘束していたベルトが解かれた。

「うっ……」

体力が万全でない状態で血を抜かれたジルは、前のめりに椅子から崩れ落ちる。

「セト」

ウェスカーがそう呼ぶと、今まで部屋の陰にひっそりと控えていた男が姿を現した。

「何でしょうか」

セトと呼ばれた男はウェスカーの元へやって来ると、主人に仕える下僕のように静かに頭を下げた。見た目は三十代ほどでウェスカーより若い男だが、肩まで伸ばされた髪は白く、年齢不詳の謎めいた雰囲気を纏っている。

「ジルの世話はお前に頼む。昨日説明しておいたように計画を進めてくれ」
「畏まりました」

セトは床に倒れているジルの肩を抱いて立たせ、部屋からジルを連れ出した。
一人になったウェスカーは、培養槽に眠る女を見上げる。

「名前……これでお前も目覚めるはずだ」

培養槽に眠る女は、ウェスカーのアンブレラ研究員時代の同僚・名前だった。後に名前は研究員ではなく、スペンサーの命令でウェスカーを観察するよう送られていたスパイだったことが判明したが、スペンサーの命令に従い切れなかった名前は自らにt-ウィルスを投与し自殺した。名前が自殺行為に及んだ理由は不明だが、それはウェスカーを思ってのことだと思われる。

スペンサーは「ウェスカー計画」の一環として、新たなウィルスをウェスカーに投与するよう名前に命じていた。しかし、どんな作用をもたらすか分からないウィルスを、名前は同僚として親しくしていたウェスカーに投与できなかったらしい。

スペンサーからの命令も無視できず、ウェスカーにもウィルスを投与できない。追い詰められた名前はスペンサーから渡されたウィルスを自らに使い、死を選んだのだろう、とウェスカーは推測していた。

研究員時代、名前はウェスカーにとって、数少ない信頼を置ける人物だった。また、その正体はアンブレラ研究員ではなかったものの、研究所での仕事もよくこなしていた。

名前はアンブレラ創設者の一人、エドワード・アシュフォードの血を引いているとスペンサーは言っていた。そういう血縁から、おそらく理化学に関して一般以上の知識もあっただろうし、生まれつき科学的なセンスがあったものと思われる。そうでなければ、あの狂気に満ちた研究所で生き残ることはできない。

自分がスペンサーのエゴで進められた「ウェスカー計画」に利用されていたこと。そして、かつての友であり優秀な人物を喪った事実は、ウェスカーの心にスペンサーへの怒りと叛逆心を起こさせた。ウェスカーはスペンサーを殺害後、ウィルスの力を利用して、再び名前をこの世に呼び戻す研究を続けていた。

―――――

ウェスカーは培養槽のある部屋を出て、モニタールームへ向かっていた。バイオテロ潜入捜査として研究所に乗り込んできたBSAA隊員・クリスとシェバの動向を調べるためである。
ウェスカーがモニタールームへ入ると、そこにはトライセルアフリカ支社の女社長・エクセラがいた。

「そろそろ来る頃だと思ったわ」

エクセラはそう言って手の中にある注射器を閃かせる。それはウェスカーが体内のウィルスを安定させるため、定時に投与しなければならない薬だった。
ウェスカーがモニタールームの中心にあるソファに座ると、その隣にエクセラが座る。

「ウロボロスの積み込みは順調に進んでいるところ。もう少しで飛び立てるわ」

エクセラは注射器を持ち直すと、ウェスカーの腕に針を打ち込んだ。

「あのプラーガってよくできた商品ね。最初は半信半疑だったけど……」
「…………」
「ウロボロスも無事完成して、ここまでは計画通りね」

エクセラは言いながら手際良く注射器を片付ける。プラーガはウェスカーがエクセラの信頼を得るため提供したウィルスサンプルの一つだった。それはヨーロッパの辺境で発見された寄生生物で、寄生された人間は理性や人格を失う。ただし人間としての知能は保たれており、道具や武器を扱ったり、言語で意思の疎通を行う、統率して敵を倒すなどゾンビとは違った特徴がある。

これまでウェスカーはプラーガを含む数々のサンプルやライバル企業の情報をエクセラに提供してきた。エクセラは彼女自身の才能と財力、それにウェスカーの協力も加えてトライセルでの地位を獲得し、アフリカ支社社長まで昇り詰めていった。社長の座まで昇進した頃には、エクセラは協力者であるウェスカーに全幅の信頼と愛情を抱くようになっていた。

「トライセルでの地位も思いのままだな」

ウェスカーがそう言うと、エクセラはフッと不敵に笑う。

「トライセルにもう興味はないわ。興味があるのは……あなたの思い描く世界よ」
「……ほう」
「あなたが理想の世界で生きていくためには、パートナーが必要……私にはその資格がある。そうでしょう?」

煽情的に微笑みかけるエクセラの頬にウェスカーは触れる。

「おそらくな……」
「……っ」

サングラスの奥にあるウェスカーの目には感情の光がない。加えて曖昧なウェスカーの言葉にエクセラは一瞬顔を顰めたが、プライドの高さからそれを悟られぬよう顔を逸らす。
そのとき、セトがモニタールームに入ってきた。

「お話し中、失礼致します。研究所エリアにBSAAが侵入しました」
「何ですって?」

セトの報告にエクセラは少し苛立った様子だったが、ウェスカーは黙って監視カメラの映像を映すモニターを見詰めていた。ウェスカーがモニターを見て回ると、セトの言う通り、モニターの一つにクリスとシェバの姿が映っていた。

……やはり来たか、クリス。

モニターに映るクリスを見て、ウェスカーの口元が僅かにつり上がる。

「……あなたの素晴らしいご友人、クリス・レッドフィールドのお出ましね?」

エクセラは先程ウェスカーから受けた屈辱を仕返しするよう、皮肉を込めて言う。

「計画は最終段階だ。遅れるな」

ウェスカーはエクセラの方を見もせず、ビジネスライクにそう告げた。どこまでも自分に心を開かないウェスカーにエクセラは苛立ちつつも、言われた通り自分の仕事をするためモニタールームを後にした。

「セト。お前には別の用がある」

エクセラと共に去ろうとするセトをウェスカーが呼び止める。

「何のご用でしょうか」
「あれからジルに例の薬は投与したか?」
「はい。既にご命令通り行いました」
「そうか。なら後で俺の元へ連れてこい」
「畏まりました」

セトがモニタールームを後にすると、ウェスカーはモニターに映るクリスに目を戻す。

「お前には、希望から絶望へ落とされる苦しみを味わってもらおう……かつての俺のようにな」

ウェスカーの脳裏には、何度も自分の計画を阻んできたクリスとジルへの恨みが思い起こされていた。


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