The Profound Awakening2

クリスとシェバは、トライセル研究所へと続く地下遺跡へ潜入していた。遺跡はアフリカの先住民族・ンディパヤ族によって造られたもので、代々守られてきた神聖な場所だったのだろう。外部の者を寄せ付けないため、遺跡には様々なトリックが仕掛けられていた。

ただ、今はンディパヤ族もトライセルのウロボロス実験に利用されてマジニとなり、行く先々でクリス達に襲い掛かってくる。彼らの遺跡さえも、今は研究所への道を阻むものとして再利用されているようだった。

クリスとシェバはマジニ化した先住民を倒しつつ、協力して遺跡の仕掛けを解きながら先へ進んでいく。

やがて遺跡の開けた場所へ辿り着くと、そこにはエクセラが待ち構えていた。

「よくここまで辿り着いたわね」
「エクセラ!ここまでよ」
「フフ……王の間へようこそ」

不敵な笑みを浮かべるエクセラに、クリスとシェバは銃を構える。

「ジルはどこにいる!?」

研究所を捜索しているうちにジルの情報を掴んでいたクリスは、エクセラにそう尋ねた。

「ジル?まあ、すぐに会えると思うけど?」
「何!?」

そのとき、クリスとシェバに向かって何者かが上空から飛び掛かってきた。咄嗟に二人はそれを避けて銃を撃ち込むが、相手は並外れた身体能力でそれをかわしていく。謎の人物は深くフードを被っており、その正体が分からない。

「いい加減にしろ!ジルの居場所を言え!!」

クリスがエクセラに向かってそう言ったとき、遺跡の上段からクリスに向かって声が掛けられた。

「フ……相変わらずだな。クリス」
「……!?」

聞き覚えのある声にクリスが上を見上げる。
そこには見紛うことのない因縁の敵、ウェスカーが立っていた。

「ウェスカー……やはり生きていたのか!」
「貴様とこうして顔を合わせるのは、スペンサー邸以来か?」

上段から下段へ続く階段を降りながら、ウェスカーはクリスに向かって話す。

「スペンサー邸でジルがお前と飛び降りた後、ジルの消息が分からなくなっていた……だが、この研究所を調べるうちに新たなジルの情報を掴んだ。ジルはお前が攫ったんだろう?」
「やれ、気の早い男だ……もう少し冷静になることを覚えたらどうだ?」
「お前に説教などされたくない。ジルを攫われて、冷静でいられる訳がないだろう!」

怒るクリスを前に、ウェスカーはただ口元に薄い笑みを浮かべている。

「そんなに焦らなくても、お前が三年捜し求めた答えはもうここにある」
「何!?」
「久しぶりにあのときの三人が再開したんだ。もう少し嬉しそうな顔をしろ」
「……三人、だと?」

意味深なウェスカーの言葉に、クリスは嫌な予感を覚えた。

「流石のお前でも気づかなかったようだな。クリス……よく見るがいい」

ウェスカーはそう言って、先程クリス達に襲い掛かってきた謎の人物の背後に立つと、被っていたフードを外した。

「……!」

フードを外して現れたその正体。それは、今までクリスが捜し続けてきたジルだった。

「……ジル?」

クリスはゆっくりと銃を下ろし、我が目を疑うように呆然と立ち尽くす。

「ジル、俺だ……クリスだ!!」

クリスはジルにそう呼び掛けて近づこうとしたが、途端にジルが襲い掛かり、クリスはジルの飛び蹴りを喰らった。シェバが援護に回ろうとすると今度はシェバに襲い掛かり、素早い身のこなしで銃を取り上げ、シェバを投げ飛ばしてしまった。

「今日は気分がいい。お前とジルにとって、こんな悲劇はないからな」

ジルに悉く撃退されるクリスとシェバを見て、ウェスカーはそう言った。

「何だと……!?」

嘲笑うように言うウェスカーをクリスは睨みつける。クリスがウェスカーに向かって銃を構えると、それを阻むように再びジルが襲い掛かってきた。

「何故ウェスカーの味方をする!?ジル!!」
「…………」

クリスがジルに問いかけても、ジルは何も答えない。
そうしてクリス達が攻防戦を繰り広げていると、ふとウェスカーの元に連絡が入った。それはセトからの連絡で、エクセラに任せた仕事が最終段階に入っていることを知らせるものだった。

「……ああ、そうか。確認のため、今から俺も行こう」

ウェスカーは連絡を切ると、遺跡の出口へ向かっていく。

「待て!動くなウェスカー!!」

クリスとシェバがウェスカーに向かって銃を向けると、ウェスカーは立ち止まった。するとジルが再びクリス達に飛び掛かり、シェバの体を瞬時に壁に蹴り飛ばして怯ませ、クリスの体を床に組み伏せ押さえつけた。
それを傍観していたウェスカーはクリスを見下ろして言った。

「無様だな、クリス。大切な相棒に邪魔されて、俺に触れることさえできないとは……」
「うっ……!待て、ウェスカー!!」
「遊びはここまでだクリス。俺は忙しい……精々ジルと楽しむといい」

侮蔑の笑みを浮かべたウェスカーは、ジルに押さえつけられているクリスを冷然と見下ろした。ウェスカーは遺跡に設置されたエレベーターに乗り込み、そのままその場を後にする。
ジルはウェスカーに何かされたに違いないと感付いていたクリスは、ジルの拘束を解こうと必死に声を掛ける。

「ジル!!頼む、目を覚めしてくれ!!」
「…………」
「俺が分からないのかジル!!」
「…………っ」
「しっかりしろ!ジル・バレンタイン!!」
「……うっ……クリス……」

クリスの声が届いたのか、ジルは自分を抑え込むようクリスから離れた。

「ううっ……うあああああ!!」
「……ジル!?」

ジルは苦悶の叫びを上げると、藻掻き苦しみながら着ているスーツの胸元を開いた。ジルの胸元には、何かの装置のようなものが埋め込まれていた。

「胸のあれは何なの?」
「あれを外せば……ジルは元に戻るかもしれない!」
「それなら、協力してあれを外しましょう」
「ああ。援護を頼む!」

ジルとシェバは暴走するジルの攻撃を避けながら、隙を突いてはジルの体をどちらかが押さえつけ、ジルの体に付いた装置を引っ張り外そうとした。何度かそれを繰り返しているとジルの体から装置が外れ、ジルは気力が尽きたようにその場に倒れた。

「ジル!!」

慌ててクリスがジルを抱きかかえると、ジルは虚ろな目でクリスを見上げた。

「大丈夫か?」
「……ごめんなさい……クリス」
「もういい……」

ジルは側に立っていたシェバを見上げる。

「シェバ……よね?あなたにも悪かったわ」
「どうして私の名前を?」
「意識はあったの。だけど、逆らえなかった……ごめんなさい」
「あなたのせいじゃないもの。気にしてないわ」
「ありがとう……」

クリスに支えられながらジルは起き上がる。

「私のことはいいから、あなたたちはウェスカーを追ってちょうだい」
「そんなことできるか!」

クリスがそう言ったものの、ジルは首を横に振る。

「駄目よ……ウェスカーがウロボロスを世界中にばら撒けば、世界は終わりよ!」
「だが……」
「私は大丈夫……自分のことは何とかするわ。だから、ウェスカーを止めて!」
「……ジル」
「相棒の言うことが信じられないの?」
「…………」
「……クリス」
「……分かった」

今は迷っている場合ではない。こうしている間にも、ウェスカーは着々と計画を進めている。
クリスは少し躊躇いながらもジルに背を向け、ウェスカーの後を追った。

「シェバ……どうか、クリスをお願い」

ジルの言葉にシェバは頷き、クリスの後に続いた。

―――――

ウェスカーは名前にジルの血液成分を投与した後、ウロボロスウィルスの開発と並行して行っていた肉体・精神を強化させる「P30」という薬物をジルに投与し、その経過をセトに観察させていた。この薬物には、被験者の自由意思を奪う作用がある。

ジルは「P30」を投与されたことで、精神をウェスカーに操られる人形状態になっていた。しかし、ウェスカーはあえてジルの意識を完全には奪わなかった。そこにはジルのバイオテロを憎む心を残させることで、正義感を持ちながらも肉体はバイオテロに加担しているという矛盾した状況に追い込み、ジルを精神的に苦しめようとする狙いがあった。

ウェスカーのクリスとジルに対する因縁、恨みの深さが伺える「試験」だったものの、それはまたしてもクリスによって打ち破られた。ジルから「P30」の装置が外された報告をセトから聞いたウェスカーは「そうか」と言うと、それ以上は何も言わなかった。

「ジルを取り戻しますか?」
「いや、その必要はない。元々時間稼ぎの駒に過ぎないからな」

ウェスカーは、いよいよウロボロス計画の最終段階まで事を進めていた。

「実際に現場を見てきたが……準備は順調に進んでいるようだな」
「はい。エクセラ様の主導で問題なく進められています」
「そうか……」

ウロボロスを積んだミサイルが輸送機に積み込まれていく様子を見ていたウェスカーは、ポケットから注射器を取り出す。そして、それを背後に控えていたセトに渡した。

「準備が終わり次第、エクセラにこれを渡しておいてくれ」
「これは……何でしょうか?」
「俺からの『特別なプレゼント』だと言っておけばいい」
「……畏まりました」

セトはウェスカーから注射器を受け取ると、エクセラの元へ向かうためその場を後にした。

「犬のように、よく言うことを聞く奴だ」

セトの去った後、ウェスカーは一人そう呟く。


セトは元々トライセルのライバル企業から送り込まれた産業スパイで、研究員を装ってトライセルに潜入していた。あるとき、ウロボロスウィルスに関する機密ファイルを探っていたところをエクセラが発見して正体が判明し、エクセラはすぐに殺すべきとウェスカーに進言したが、ウェスカーはセトを実験体として利用しようと考えた。

『殺すのは容易い。だからこそ、あの男には今進めている研究の糧になってもらおう』
『……そう』

実験のためと言われれば、エクセラはそれ以上反論しなかった。ウェスカーはセトが使える男かどうか判断するため、命を助ける代わりに簡単なテストを受けるよう言った。そのテストでウェスカーはセトと軽く戦って戦闘能力を測り、何度か話し合いをして、セトの知力、判断力などを確かめていった。

テストの結果、セトは中々戦闘スキルがあり、頭も切れる男だと判断したウェスカーは、セトを殺さず、かねてより開発を進めていた「P30」をセトに投与した。つまりセトは、ジルより先に「P30」を投与された被験者だった。

「P30」を投与されたセトは、薬の影響で髪が白くなり、副作用で自分の名前や年齢、スパイであった記憶が消えていた。ただマーシャルアーツだけは体に刻みついているようで、元々高い戦闘スキルと判断力は「P30」の影響で更に強化されていた。ウェスカーはセトの経過を観察する意味も込めて、セトをボディガードとして今日まで自分の側に置いていた。


セトの経歴を遡っていたウェスカーは、通信機の鳴る音で我に返る。

「ああ……」

ウェスカーは、この時を待っていたかのように感嘆の声を漏らす。その音は、名前の眠る培養槽の異変を知らせるものだった。
ウェスカーは足早に名前のいる研究室まで向かい、すぐに扉を開けた。
ウェスカーがそのまま培養槽の前に立って一つのスイッチを押すと、中の培養液が流されていく。培養液が全て流された後、ウェスカーは中に眠る名前の体を抱え、研究所の一室に運んだ。

ウェスカーが名前を運ぶ間、名前は呼吸をしていなかった。だが、抱えた背中から小さな鼓動が腕に伝わると、ウェスカーは安堵の溜息を漏らした。

「バーキン……名前が……遂にこのときが来たぞ……」

アンブレラ研究員時代、名前の同僚であったウィリアム・バーキンも名前の死を嘆き、かつてはウェスカーと共に名前を蘇生させる研究を続けていた。だが、バーキンは開発したG-ウィルスを巡ってアンブレラ上層部と争いになり、自らにG-ウィルスを投与して怪物化してしまった。その後、クリスの妹・クレアとラクーンシティに赴任してきた新米警官・レオンによってバーキンは倒された。

ウェスカーは予め名前のために用意しておいた一室に入ると、名前をベッドの元まで運ぶ。ウェスカーが名前の体をベッドに横たえると、名前がその衝撃で薄く目を開いた。

「名前……!」

ウェスカーはベッド脇に置いてある椅子に座り、名前の手を掴んだ。新しい世界に生まれ落ちた人間のように、名前は朧気な瞳でウェスカーを見上げた。

「俺だ……アルバート・ウェスカーだ」
「…………」

名前はウェスカーを見たまま何も言わない。

「俺が誰か分かるか?」
「……あなたは」

一度死んだためか、名前にはウェスカーが誰なのか、分かっていないようだった。しかし、ウェスカーはゾンビ化した名前を見ていたこともあり、一度正気を失っている以上、記憶喪失になる可能性も想定していた。

「体は怠くないか?」

目覚めたばかりの名前に、無理に考え事をさせるのは良くない。そう判断したウェスカーは話題を変える。名前はただ、子供のように枕の上で頭を頷かせた。

「そうか……今は、ここでゆっくり休むといい」

ウェスカーは名前が目覚めたことにとりあえず安心し、その髪を撫でていた。

「……私は……どうしてここに?」
「今それを説明しても、お前には分からないだろう」
「どういうこと?」
「お前は記憶を失っている。名前も思い出せないだろう?」
「…………」

ウェスカーに言われた通り、名前は自分の名前も思い出せないようだった。

「お前の名前は名前・苗字だ」
「……名前」
「そうだ。時が経てば、以前の記憶が戻る可能性もある」

ウェスカーが名前と話していると、再び通信機が鳴った。

「ここで暫く休んでいてくれ。また会いに来る」

ウェスカーはそう言って部屋の外へ出ると、通信機を取り出す。連絡主はセトだった。

「セト、何だ」
「お気をつけください。BSAAがそちらへ向かっているようです」
「何?」

クリス達はウロボロスを乗せた輸送機へ向かってくるとウェスカーは予想していた。ウェスカーが今いる場所は、輸送機からは大分離れた場所だ。そうなると、クリス達がウェスカーのいる方へ向かってくる理由はただ一つ。先にウェスカーと決着をつけるつもりなのだろう。
だがウェスカーは今、クリスと戦うつもりなどない。このままだとこの近くにいる名前にも危険が及ぶ可能性がある。

「セト。奴らは今どの辺りにいる」

通信機に耳を当てるウェスカーの眉間には、怒りを含んだ深い皴が刻まれていた。

「武装兵が道を阻んでいますが、彼らがそちらに近づくまで、早くても十分はかかると思われます」
「そうか……」
「十分以上の時間が必要であれば、私が彼らを足止め致しますが」
「いや、お前はエクセラを見張っていろ。お前の援護が必要になったら、改めて連絡する。……それよりもセト、聞いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「エクセラに俺からの贈り物は渡したか?」
「はい。既に渡しております」
「そうか。なら、作業が終わり次第、エクセラにこちらへ来るよう伝えておいてくれ」
「畏まりました」

ウェスカーは通信機を切る。

「…………」

このまま自らクリスとシェバに当たって戦うとしても、勝てる見込みはある。ただ名前が側に居る以上、今は名前をなるべく安全な場所へ移動させるのが先だ。

「クリス……お前にこれ以上、俺の邪魔はさせない……」

既にウェスカーはクリス達を足止めさせ、時間稼ぎする方法を思いついていた。
ウェスカーは名前のいる部屋へと足を向ける。その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。


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