Overture to Rebirth3

ウロボロス事件から一年後、人気のない火山帯を二人の男が歩いていた。

一人は細身の白いスーツに、ブロンドの髪を肩まで伸ばしており、遠目で見れば女にも見えるような優雅な雰囲気を漂わせている。その男の後に続くよう歩いているのはセトだった。

「アルバートが最後にいた場所は、この辺りの筈だな……」

白いスーツの男がそう言ったので、セトは「ええ」と言葉を返す。

ウェスカーとクリスが戦った当時、セトは格納庫ハンガーでジルを足止めしていたので、爆撃機で飛び立ったウェスカーの後を追うことができなかった。戦いの最中に爆撃機の墜落を知ったセトは、ジルとの戦いを止めてウェスカーの元へ向かおうとしたが、既に間に合わなかった。

その後、セトは単身ウェスカーと名前が居たであろう最後の地を訪れようとしていた。ウェスカーと名前が死んだのか、まだ分からないとセトは思っていた。

そんなとき、セトの元へ連絡してきた一人の男がいた。

「君はアルバートの側近だろう?」
「……あなたは、誰です?」
「アレックス・ウェスカー。アルバートとは兄弟同様に育った間柄だ」
「!」

電話越しにアレックスと名乗るその男は、ウェスカーに従ってザインという島を訪れた際に、セトも会ったことがあった。

「何故私に連絡を?」
「ウロボロス事件のほとぼりも冷めた頃だからね。君はこれから、アルバートを探しに行くのではと思って連絡したんだ」
「…………」
「私もこれからアルバートに会いに行こうと思っている。だがアルバートの側にいた君の方が、色々詳しいことを知っているだろう。だから、君も一緒に来てくれないかと思ってね」

この男が本当にアレックスなのか、まだ信用はできない。だがウェスカーという主を失った自分に、わざわざ嘘を吐いてまで近付き、得をする者もいないとセトは思った。

万が一自分からウロボロスの情報を引き出すための罠であるとしても、ウェスカーは用心深く、研究の詳細を知ることはセトにも許されていなかったので、セトが教えられる重要な情報は何もない。

「分かりました、お会いしましょう。どちらへ伺えば良いでしょうか?」

こうしてセトとアレックスは、共にウェスカーと名前の痕跡を探すことになった。

―――――

アレックスと約束した場所にセトが辿り着いたとき、そこには以前会ったときと変わりない、白いスーツ姿のアレックスが待っていた。アレックスはセトの姿を見ると微笑を浮かべる。

「やあ、久しぶりだね」
「私を覚えていらっしゃるのですか?」
「一度会った人の顔は忘れないよ。特に、君はいつもアルバートの側に居たからね」

合流した二人は、どの地点を調査するか詳しく話し合った後、目的地に向かって足を進めていく。

「アルバートはウィルスを使って君を洗脳した男だろう。憎いとは思わないのか?」

道すがら、アレックスはセトに色々質問していた。何気ない風を装っているが、アルバートにどれだけ忠誠を抱いているのか探るためだろうとセトは思った。下手な作り話をするとこの場で消される可能性もあると思ったセトは、正直に話すことにした。

「元々私はトライセルのライバル企業に雇われ、潜入したスパイでした。それが発覚した時点で殺されても仕方なかったところを、私の力を見込んでアルバート様は生かしてくださったのです」
「命を助けられた恩のために、働いてきたと?」
「最初から忠誠心があった訳ではありません。あの方の野望、計画を知る内に、私は心から、アルバート様にお仕えしようと思ったのです」

アルバートの思想に共鳴した者は、皆彼に利用され滅びの道を辿る。セトもウェスカーの側に居て、それはよく知っている筈だ。
だが、それでもアルバートについていくと決めたのは、それだけアルバートに心酔、もしくは忠誠を誓っているのだろうとアレックスは感じ取っていた。

「君は名前さんのことについてどれくらい知っているんだ?」
「アルバート様は名前様のことについて、私には何も仰いませんでした。ただ、眠り続ける名前様を見るアルバート様は、いつも何処か哀しげでした。ですから、分かったのです。名前様はアルバート様にとって、かけがえのない女性なのだと。そして私は、このお二方をお守りせねばならないと」
「ほう……」

アルバートがそれほど大切に思う女がどんな存在なのか、アレックスは興味を持った。

不安定な足場を歩き続けている内に、やがて二人は開けた場所に出た。

「情報によると、爆撃機が墜落したのはこの辺りです」

セトが周辺を見回しているアレックスに言う。

「もう機体すら残っていないな……」

そう話すアレックスの瞳が遠くに向けられる。

「あの溶岩が出ている辺り……あそこまで向かってみよう」

アレックスが歩いていく方へセトも続いていく。

ゴボゴボと溶岩が煮えたぎる音が聞こえるほど近く、アレックスとセトが溶岩流の近くまで来る。

「ここに落ちたとすれば、もう遺体すら見つからないだろうな……」

溶岩流を見下ろしながらアレックスが呟く。そのとき、セトが声を上げた。

「アレックス様……あれは?」

セトが見つめる視線の先をアレックスも追う。すると、そこには人の大きさほどもある、黒い一塊の物体が横たわっていた。

アレックスとセトはそれに近づく。

アレックスは実験用手袋を鞄から取り出してはめると、その塊に触れる。すると、その触れた部分から塊はボロリと崩れた。

「これは、何だ?」

塊の更に奥には、煌めく何かが見える。それはひんやりと冷たい感触がした。それが何なのかを探るため、アレックスが周囲の塊を手で剥がしていくと、アレックスは途中で手を止めた。

「アレックス様?」

アレックスの異変に気付いたセトが声を掛ける。

「見つけた」
「え?」
「これは……ウェスカーと名前さんだ」
「そんな……まさか!」
「君も手伝え。この塊を剥がすんだ」

アレックスはそう言ってセトに手袋を渡す。アレックスとセトが二人掛かりで塊を剥がすと、そこには、氷漬けにされたようなウェスカーと名前の姿があった。

結晶の下で、二人は静かに眠っているように見える。よく見ると、名前の身体には無数の黒い管のようなものが巻き付いている。それはウロボロスの触手だった。

「……死んで、いるのですか?」

セトの問いに、アレックスは静かに目を閉じる。

「恐らくな」
「アルバート様……名前様……」

セトの震える手が、縋り付くように結晶に触れた。

溶岩の熱にも耐え得る氷など、自然発生する訳がない。これはアルバートの能力かとアレックスは思ったが、ウロボロスは温度変化に弱い。だとすれば、ウロボロスに急激に温度を変えられるような能力があるとは考えにくい。

「名前さんを人間に戻すため、アルバートは様々なウィルスを彼女に投与していたそうだな」
「……ええ。そうですが」
「……だとすれば、ここまで体が残ったのも、彼女の力かもしれない」
「どういうことです?」
「名前さんは様々なウィルスを投与される過程で、特殊な力を得た可能性がある。そうでなければ、この状態は説明がつかない」
「特殊な力とは、何なのです?」

セトがそう尋ねると、アレックスはウェスカーと名前を閉じ込めている氷に触れた。

「もし、二人共溶岩に落ちたなら骨すら残らない筈だ。彼女がこの氷のようなものを発生させたことで、二人の体は残されたのかもしれない」
「そんなことが可能なのでしょうか?」
「詳しく調査しなければ分からないが……この氷、薄らと赤い色をしているだろう。これは彼女の血ではないかと思う」

もしこの氷が名前の血でつくられたのならば、それは死ぬ間際までアルバートを守ろうとしたことの表れだ。

それを理解したセトの手が拳を作った。

「私は……アルバート様と名前様を死に追いやったBSAAを許さない……」

アルバート達を発見したアレックスは、何処かへ連絡を入れる。

「こちらの場所は発信機で分かるだろう?すぐに来てくれ」

アレックスはそれだけ言って通信機を切る。

「何の連絡です?」

不審に思ったセトが尋ねる。

「二人をこのままここに置いていく訳にもいかないだろう。輸送機を呼んだ」
「何処へ運ぶつもりですか?お二人をどうするつもりです?」
「ザインへ運ぶのさ。彼らは、貴重な研究の資料とさせてもらう」
「……そんなことはさせない!」

セトはアレックスとウェスカー達の間に立ちはだかる。
真剣な表情のセトを前に、アレックスはふっと笑う。

「君はスパイだが……忠誠心もあり、随分情に厚いところもある。面白い男だ」

睨みつけるセトの視線を、アレックスは見据える。

「……なら、どうする?二人共ここに置いて行くか?このままにしておけば骨も残らない」
「お二人を実験に利用するなど、許せません!」
「遺されたものはもっと有用に扱うことで、彼らを活かす道もあるのだと、君はそうは考えられないようだね」

どういう意味だと問うようなセトの表情を、アレックスは笑みを浮かべたまま見ている。

「私はね、アルバートに生前、自分の身に何かあったときは、研究を引き継いでほしいと頼まれているんだよ」
「それと今の状況に、何の関係があるのです」
「彼の研究を引き継ぐために、私はウロボロスに関するどんなものでも資料とさせてもらう。たとえそれが、アルバート本人でもね」

そう冷徹に話すアレックスに、セトはアルバートの面影を見た気がした。

「私は君が間違っているとか、愚かだと言っているのではない。これは価値観の違いだ。だが……こればかりは私も引き下がれない」

アレックスはスーツの内ポケットから拳銃を取り出し、セトに向けた。

「言っておくが、兄さんと過ごした時間は君より私の方がずっと長い。だから彼の考え方はよく知っているよ……もし兄さんと私の立場が逆だったとしたら、兄さんは私と同じことをしただろう」

アレックスの指が拳銃の安全装置を下げる。ここまで言っても自分に従わないのなら、本気で撃つということだろう。

アレックスに比べれば、戦闘力は自分の方が高いこともセトは分かっている。だから、ここでアレックスに勝つ自信もセトにはあった。
だが、アレックスを倒したとしても、すぐにアルバートと名前を連れて逃げることはできない。アレックスは自分の部下らしき人物にこの場へ来るよう連絡を入れていた。
何人の部下を連れて来るのか分からないが、アルバートと名前を連れながら戦うなど無謀だ。
このままセトだけが逃げてしまえば、アルバートと名前はアレックスの部下に連れ去られ、二度と会えなくなる可能性もある。

セトはアレックスを見据えていた。そして静かに頭を下げる。

「分かりました。アレックス様のご意向に従います」
「ほう……そう言ってくれて助かるよ。こんな辺境の地で、無駄な血など見たくないからね」

ただし、とセトは言葉を続ける。

「私をあなたのそばに置いてくださるなら、ですが」

アレックスは一瞬考え込むような素振りをしたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「好きにすればいいさ」

言いながら、アレックスは拳銃を懐に仕舞った。

セトが自分の邪魔をしてくるであろうことをアレックスは分かっていながら、好きにすればいいと言う。
アルバートという後ろ盾を失ったセトが何をしようと無力だと嘲っているのか、それともセトの能力を買って従えると決めたのか、それはアレックスにしか分からない。

やがてアレックスが呼んだ輸送機が到着し、アレックスの部下達がアルバートと名前を機内へ運び込む。それを見届けると、アレックスも機内へ乗り込み、セトに向かって手を差し出す。

「どうした?私と来るのだろう?」

アレックスの手を呆然と見ているセトに向かって、アレックスは声を掛けた。

「ええ……」

セトはその手を掴み、ヘリに乗り込んだ。

輸送機が火山帯からザインヘ向かう途上、セトの心は複雑だった。

アルバートと名前を守り切れなかった無念さや、アレックスの予想外の行動が、セトを混乱させていた。

アレックスはウィルス開発のためならアルバートの体すら使い、それがアルバートを活かすことにもなると言っていた。

冷静に考えるなら、一理ある考えだとセトも頭では分かっている。
だが、セトの立場からしてみれば、今まで従い続けた主の体が実験に利用されるなど、納得できないという気持ちが渦巻いていた。

やがて輸送機が火山帯を抜けると、青々とした海が窓越しの眼下に広がる。

大海を遠く眺めていたセトは、膝に置いていた手に力を込める。

「私が、お二人を守ってみせます……」

セトの呟きは機体の羽音に掻き消されて誰にも聞こえなかったが、その声は静かな力を秘めていた。

―――――
後書き→

top