Revealed the Truth1

―2006年年8月

豪雨が窓を打つ陰気な夜の森を、窓際で一人の老人がじっと見詰めていた。不気味な紫の雷が梢に落ちるのを見ても老人は驚く様子もなく、何か思案するようにどこか遠くを見詰めている。

静謐な空間にギイ、と蝶番の寂れた音が響いた。老人は車椅子の背凭れ越しに部屋の扉を振り返る。そしてその奥から現れた男を見て、ニヤリと老獪な笑みを浮かべた。

「来たか……」

扉の向こうに立っていた男は車椅子に掛けている老人を目にすると、静かに頭を下げた。

「お久しぶりです」

男は挨拶を済ませると、そのまま老人の方へ向かって行く。広々とした空間に、男の硬質な靴音だけが響いた。

「若い頃は優男のような雰囲気だったが、随分と精悍な男になったものだ」

老人は男を見ながら懐かしむようにそう言った。

「お元気そうで何よりです。スペンサー卿……」

男にスペンサー卿と呼ばれたこの老人は、かつてアンブレラ創設に携わった者の1人であり、アンブレラでその名を知らない者はいない。
だが、スペンサーの顔を知るものはアンブレラでも一部の人間に限られており、その素性は謎に包まれている。

「突然お尋ねしてしまい、申し訳ありません」
「……いや。私は近いうちに、お前が私の元を訪れて来るのではないかと思っていたよ」

スペンサーの静かだが厳かな声音に、男の肩が僅かにピクッと揺れる。スペンサーの視線は男に注がれたまま、相変わらず意味深な笑みを浮かべていた。

「そう警戒するな。お前は私の息子も同然だ。長い付き合いともなれば、そのような予感を感じるのも不思議はないだろう?」
「……そういうものでしょうか」

そう言ってスペンサーの顔を見た男の姿が雷光に照らされる。漆黒の外套を纏った男、サングラスにオールバックのブロンド髪。

男の正体は、アルバート・ウェスカーだった。

「……私に聞きたいことがあって来たのだろう?」

まるで全てを見通すかのようなスペンサーの言葉に、ウェスカーは彼の表情を窺うように見る。

「ええ……とても大事なお話を」

サングラス越しに光るウェスカーの深遠な瞳の色を知ってか知らずか、スペンサーはただウェスカーを見て頷いた。

「久しぶりの挨拶……という雰囲気でもないようだな。積もる話があって私の元まで来たのだろう。前置きは良いから、話してみなさい」

スペンサーにそう促されたウェスカーは、ただ自分を見て微笑むスペンサーの表情を見下ろし、徐に口を開く。

「……では、単刀直入にお訊きします。以前から、疑問に思っていたのです……なぜ、未だに新種のB.O.W.の開発を進め続けるのです?製薬企業としてのみならず、軍需産業においても、既にアンブレラは他の企業に引けを取りません。これ以上の利益を得てなお研究を進める先に、一体何があるのでしょうか?」

ウェスカーの問いを聞いたスペンサーは、まるでそう問われることを分かっていたかのように、フッと笑みを浮かべた。

「……そんなことが聞きたくて、お前は私の居所を突き止めたのか?」

嘲笑うという雰囲気でもなく、ただ何かを面白がるような様子で、スペンサーはウェスカーにそう問い返す。

「あなたのことです……何か、別の目的があるのでしょう?」

ウェスカーの言葉を聞いたスペンサーは、口元に笑みを浮かべたまま目を閉じる。

「……ウェスカー……お前を息子のように思っているからこそ、お前にだけは言っておこう」

スペンサーはそう言うと瞼を上げて、ウェスカーの顔を見上げる。その瞳からは今までの優雅で謎めいた雰囲気は消え失せていた。代わりに鋭い、冷徹な光を帯びている。

「……私にとってはアンブレラなど、元から踏み台に過ぎないのだよ」
「…………」

それは、ウェスカーも薄々感付いてはいた。既に莫大な利益を得てなおB.O.W.の開発を続けるということは、スペンサーは何か別の目的でアンブレラを利用しているのではないかということを。

「……では、あなたはアンブレラを踏み台に、一体何をなさるお積もりなのですか?」

ウェスカーの問いに、一瞬の沈黙が落ちる。ただ、スペンサーは不敵な笑みを湛えていた。

「私にとって、アンブレラ創立の目的はウィルス開発を続けることではない」
「……?」
「ウィルスの力で『神』になるのが私の目的だ」

まるで日常会話を話すかのようにさらりと告げられたスペンサーの言葉に、普段冷静なウェスカーも一瞬息を止めた。

「……ジェームズ、エドワードと共に始祖ウィルスを見つけたときから、私の人生の目的は神になることだった」

ジェームズ・マーカス、エドワード・アシュフォード。この2人はかつてスペンサーと共に始祖ウィルスを発見し、アンブレラ設立に携わった人物である。

だが、マーカスはスペンサーの命令で幹部養成所の閉鎖後にウェスカーとバーキンが暗殺した。アシュフォードに至っては、アンブレラが設立されて間もなく、始祖ウィルスに感染して死亡している。詳細は不明だが、アシュフォードの死についても、恐らくはスペンサーによる根回しがあったのではとウェスカーは思う。

つまり、自分だけがアンブレラの利権を獲得するために、スペンサーは自分の仲間でありライバルを殺害したということになる。

「……始祖ウィルスを発見したとき、私は新たな世界の可能性を感じた。ウィルスによる新人類の創造……ウィルスに選ばれた、優秀な人類だけが生きる世界で、私はその頂点になろうと決めたのだ」

自分の本懐を語り始めるスペンサーの瞳は、遠い過去に思いを馳せている。時折部屋に差し込む雷光が、彼の目を爛々と光らせていた。

「計画は、すぐに実行した。まず、新たな世界を生きるに相応しい人間を選ぶ「テスト」を始めた。選ばれた全てのものに「ウェスカー」の名を与え、生まれてから成長するまで、私たちアンブレラは全ての「ウェスカー」の成長過程を観察してきた」

中でもお前は優秀な子供だったと言って、スペンサーはウェスカーを見て微笑む。だが、ウェスカーはただ無表情でスペンサーの話を聞いていた。

「……だが、選ばれた人間はそう多くはなかった。ほとんどの「ウェスカー」たちは、ウィルスの脅威に耐えられず、成人になる時を待たず死亡した。その結果を前に、新人類創造への道は、絶望的にも感じられた」
「…………」
「……だが、まだ一縷の望みはあった。お前が生きていたからだ」

思わぬ形で出自についての過去を知らされたウェスカーは、スペンサーから顔を背け、窓際に足を向ける。
外は未だ嵐のような風が吹き荒れ、遠雷が鳴り響いていた。だが、ウェスカーには窓の外の景色など心にはなかった。
ただスペンサーの話を聞いて、体の底から得も言われぬ感情が沸々と湧き上がるのを抑えられなかった。

「……では、私の才は造られたものだと?」

ウェスカーの手は自然と拳を作っていた。

自分という命、存在が、傲慢な男の欲望のために利用されたと言う屈辱。怒り。

そして、昨日までの自分の愚かさを呪った。

T-ウィルスを含め様々なウィルスに適合する自分の肉体は、もしかしたら生まれつきのものではなく、生まれてからすぐ始祖ウィルスを投与されたことによる、複合的な能力に過ぎないのかもしれないと。

生まれてから今日まで、スペンサーの手の中で踊らされていたことにも気付かず生きていた自分が、ウェスカーは腹立たしかった。

何とも言えないどす黒い感情が胸を占めるのを感じたが、ウェスカーはそれを堪えてスペンサーを振り返る。

「もう一つ、尋ねたいことがあります」
「ほう。答えられることなら話そう」
「……名前・苗字という研究員のことです」

名前という名を聞くと、スペンサーは何かを思い出したように「ああ」と呟いた。

「名前・苗字はかつてのお前の同僚だろう?」
「ええ。私は度々名前と共に研究を重ねてきましたが、彼女は実験を嫌うところがあり、なぜあのような性格で、アンブレラの研究員になることを選んだのか不思議に思っていました。彼女はとても優秀な研究員でしたので、アンブレラの仕事が嫌であれば他に転職する道もあった筈です」

ウェスカーの話を聞いたスペンサーは、すぐにウェスカーの問いに答えを示した。

「名前は、私と共に始祖ウィルスを発見したエドワード家の遠い血縁に当たる娘だった。故に彼女は、昔からアンブレラとは深い縁にあったのだよ」

エドワード・アシュフォードの血筋はスペンサー同様イギリス名門貴族の家柄であり、代々優秀な研究者を輩出してきた家系だった。かつてアンブレラ南極基地の所長であったアレクシア・アシュフォード、アルフレッド・アシュフォードもその末裔である。

「名前は、研究中の事故で死にました」
「ああ……それは当時養成所の所長だったジェームズから聞いている。優秀な研究員だと噂に聞いていた。不慮の事故死とは、誠に残念だ」

スペンサーが心からそう思っているのか否かは、定かではない。

「惜しい人材を失くしたものだ……だが、そもそも彼女はアンブレラの研究員ではなかったのだ」
「それは……どういう意味です?」
「彼女はお前を監視するため、私が側に置かせたのだよ」
「!」

それはつまり、名前がスペンサー直属のスパイであったことを意味している。

「次の『ウェスカー計画』の段階に入るため、私はお前に「T」を投与するよう名前に命じた。だが、彼女は数日後に事故死したと聞いた。だが、どうにも彼女の死は不自然だと思っている」
「どういうことです?」
「私が計画について話した数日の内に亡くなったからだ。いくら危険物を多く取り扱う研究所とはいえ、事故死などそう多くはない」

スペンサーは、まるでウェスカーの考えなどすべて見通しているかのような口振りだった。

「私は……彼女は自死したのではと思っている」
「……何故そう思うのです?」
「恐らく、お前にウィルスが適合しない可能性を恐れて……彼女は私の命令に背いたのではないだろうか」

T-ウィルスが体に適合しなければ、どんな生物でもゾンビ化してしまう。

「彼女の死後、私はやむを得ずバーキンに「T」を渡した。バーキンはお前が認める数少ない同僚の一人だったろう。そのバーキンから渡された「T」を含む複数のウィルスを信頼して投与し、お前は更なる進化を遂げ、今もこうして生きている」

スペンサーの口から語られる真実から、自分の人生の節目には、いつも影にスペンサーが潜んでいたことを、ウェスカーは今になって知った。

「彼女が亡くなり、お前がアンブレラを見限って他の企業に移ってからも、お前の監視は続いていた」
「……あなたは今まで、私の全てを監視してきたと言うのですか?」
「全てを見ていた訳ではないが、お前の成長観察のデータと、いつどこにいて、何を画策してきたか……その概要を追跡させていた」
「……その話が嘘ではない証拠は?」
「……この間のアメリカ大統領の娘の誘拐事件だが、あれはお前も関与していたのだろう。あの地に眠っている寄生虫・プラーガを採取しようとしていた。お前がスパイを使ってプラーガのサンプルを採取しようとしていたことは知っている」

そこまでスペンサーに探られていたとは……ウェスカーはスペンサーの抜け目のなさを思い知った。

「お前が無事に成長し続けたおかげで、計画は素晴らしいほど順調に進んでいた……しかし、計画の実行段階には長い期間が必要だった。そのために私の体は次第に老いていった……特にラクーンシティの失態は、私の計画に大きな遅れを出す原因になった」

いずれ神となり、新世界創生に立ち会うはずだった長年の願いが限界に近づき始めたとき、スペンサーはアンブレラの表舞台から姿を消した。

そのときスペンサーはウェスカーにも行方を知らせなかったため、ウェスカーは今までの諜報活動で自分が得た情報網を全て駆使し、何年もかけてスペンサーの行方を捜していた。そうして今、この時がある。


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