「危ない名前!!」
「わっ!!」
突然強い力で、誰かに体を引っ張られる。体が床に叩き付けられると思い、私は固く目を瞑った。
だが、誰かの上に圧し掛かったようで「うっ」と息を詰まらせる苦しげな声が聞こえた。私が目を開けると、そこには同僚のピアーズの顔が間近にあった。
「怪我はないか?」
「……う、うん」
先程まで私が立っていた辺りの壁は粉々に砕けていた。ピアーズが咄嗟に私を引っ張ってくれなければ、私は今頃ナパドゥに突進されて全身の骨が砕けていただろう。
ピアーズの上に圧し掛かる体勢になっていた私はすぐに起き上がる。
「ごめん。ありがとう、ピアーズ」
私がピアーズに腕を差し伸べると、ピアーズは私の手を掴んで立ち上がる。
「ああ……惜しいな」
ピアーズは立ち上がると、体に付いた土を払いながらそう言った。
「何が?」
私がそう尋ねるのを待っていたかのようにピアーズは土を払うのを止め、こちらを見た。
「あと少しで、キスできるところだったのに」
「なっ!!」
こんなときに何を言っているのだ、この男は。私がピアーズの腕を思い切り叩くと、ピアーズは「痛っ」と言いつつも何故か少年のようにはにかんでいる。
他の男だったらニヤニヤしていやらしく見えるようなことも、ピアーズだと爽やかというか、粘着質な感じがしない。きっとピアーズの普段から明るく、真面目な性格がそう見えさせるのだろう。
「余計なこと言ってないで、今はあいつを倒すのが先でしょ!!」
私がそう言いながらライフルをナパドゥに向けると、ピアーズはフッと笑う。
「ああ、そうだな。照れ屋さん」
ピアーズがそう言いながらライフルを構えたので、私はピアーズの足を踏んだ。
「痛っ!」
「さっきから一言余計なのよ!」
「よく言うぜ。お前、さっきから顔が真っ赤だけど?」
「っ……!」
そのとき、私とピアーズの姿を見つけたナパドゥがこちらに向かってきた。とにかく、これ以上言い合いをしている場合ではない。
私はピアーズを一睨みした後、ナパドゥの脳天にライフルの弾丸を撃ち込む。その衝撃でナパドゥの体を覆う甲殻が砕けて動きが止まった。
その瞬間を見逃さなかったピアーズは、ナパドゥが怯んでいる隙に弱点に弾丸を撃ち込んだ。急所を突かれたナパドゥはのた打ち回りながら、その場で燃え尽きて灰になった。
「ナイス、名前」
「ピアーズも流石ね」
ピアーズはニッと笑って親指を立てる。私もピアーズに笑顔で返した。
アルファチームでライフルの射撃技術において、ピアーズの右に出る者はいない。即座の判断力と卓越した集中力を兼ね備えているピアーズの優秀さは、クリス隊長からも認められている。
将来はアルファチームを支えていく存在だと有望視されているピアーズは私にとっても尊敬できる同僚であり、時に兄、時に弟のように思えるほど信頼できる人だ。
ただ、先程のようにからかうような言葉を私に言ってくることだけは困りものだった。ピアーズは隊長の前では忠犬のように真面目に大人しく任務をこなしているのに、私とバディを組み出すとこっそり私にだけにしか分からないようなちょっかいを掛けてくる。
一度隊長にピアーズについて相談してみたものの、あいつは優しい男だから、お前のことを気遣い可愛がっているんだろうと言われたが、どうも納得がいかない。
「この辺りは一掃出来たようだな」
クリス隊長の声で、名前は我に変えった。
名前達アルファチームは、中国沿岸部地域「蘭祥(ランシャン)」で起きたバイオテロに巻き込まれた国連高官を救出する任務を負っていた。
任務中BSAAの隊員達に襲い掛かって来るのは、イドニア内戦時に現れたジュアヴォと同じような特徴を持っていた。ジュアヴォの他にもナパドゥ、ストゥレラツなどジュアヴォの変異体と思われる生物が現れたことから、一連のバイオテロにはC-ウィルスの利権に関わる組織が関連していることが窺える。
アルファチームが蘭祥に上陸したときには、既に街はジュアヴォに占拠され、完全な無法地帯になっていた。ジュアヴォ達の攻撃を退けながら、アルファチームは人質が拘束されている目的のビルへと向かう。
「人質はこのビルの地下に居る。行くぞ」
偉葉(ワイイプ)地区の雑多な街並みを作り上げている建物の間を伝って、アルファチームは人質が捕らわれているビルに辿り着いた。すると、司令官から無線に連絡が入る。
「HQよりアルファ、作戦を通達する。1階と7階に拘束されている人質を救出し、ビルから離脱せよ。全チームの離脱と同時にビルを爆撃する」
無線を聞いたクリスとピアーズが慎重に扉を開けて、アルファチームはビルに侵入する。まずは侵入経路から近い7階の人質救出に向かった。
「……助けてぇ!!」
ビル内を捜索中、人質のものと思われる叫び声が聞こえたので、チーム全員で声の聞こえた方に向かう。そこにはジュアヴォに捕らわれた人質の姿があった。
人質を抱えたまま素早く逃げ回るジュアヴォをピアーズのライフル弾が撃ち抜いた。他の隊員達が素早く人質に寄り添い、安否確認を済ませるとビルの出口に向かう。
他の階の隊員達が人質を確保する無線も次々に入り、作戦は順調に進んでいた。残るは1階の人質の救出だけだった。
他の隊員は人質を離脱させるため、1階の捜索はクリス、ピアーズ、名前の3人で行うことになった。6階のエレベーターがまだ稼働していたので、それを使って1階に向かう。エレベーターで移動する間も、他の階で人質を確保して離脱したとの無線報告が次々に入る。
「後は俺達だけですね」
ピアーズがクリスに向かってそう言ったとき、エレベーターが突然停止した。
「止まったな……さて、どうするか」
クリスは冷静に辺りを見回して、エレベーターに出口がないか確かめる。そのとき、名前が天井を見上げて言った。
「上に点検用の出口があります。私がそこから出ます」
「いや、名前。危ないからお前はここにいろ」
名前の提案を聞いたピアーズが、名前を制止する。
「大丈夫よ。私が一番身軽でしょう?隊長、手を貸してください」
「……分かった。頼んだぞ」
そう言って名前がクリスが支えようとすると、突然ピアーズが声を上げた。
「隊長!名前は俺が支えます!!」
ピアーズはクリスと名前の間に割り込むと、そのまま名前を抱え上げた。
「わっ!ちょっと持ち上げるときは合図してよ!頭ぶつけるでしょう?」
ピアーズに持ち上げられた名前は、天井の扉を開けてエレベータの上に乗る。
「おい、大丈夫か?落ちるなよ」
「全くお前は過保護だな、ピアーズ」
名前のことになると心配性になる、ピアーズのいつもの癖が出たと思ったクリスは思わず苦笑する。
エレベーターの上に上がった名前は、脱出できる場所がないか辺りを見回した。すると、エレベーターの側に点検用フェンスの足場があった。足場の先にはエレベーターの扉があり、そこから脱出できそうだった。
「ここから脱出できそうですよ。私が引き上げます」
「ピアーズ。お前が先に行け」
「分かりました」
先にピアーズがクリスに支えられながら上に上がり、名前がピアーズの手を掴む。最後にピアーズがエレベーターの中に居るクリスの手を掴んだその時。
「アアァアーッ!!」
「!?」
突然頭上から奇声がして上を見上げると、そこにはロケットランチャーを持ったジュアヴォが居た。銃を構えるには既に遅く、名前はピアーズとクリスに向かって叫んだ。
「危ないっ!!」
ロケットランチャーがエレベーターに命中し、爆風で三人は飛ばされた。
三人は咄嗟にエレベーターの点検用フェンスに捕まった。エレベーターの右側には名前とピアーズ、左側にはクリスが居た。
「隊長!大丈夫ですか!?」
爆発の煙に包まれて周囲が見えず、声でお互いの無事を確かめる。
「何とかな……名前が注意してくれなければ死んでいたな」
「ええ、そうですね。名前も怪我はないか?」
「ごめんなさい。私がもっと周囲に注意を払っていれば……」
「名前が注意してくれたから、隊長と俺は咄嗟に対処することができたんだ」
「そうだ名前。戦場では予測できないことが突然起こる。そんなに自分を責めるな」
「隊長、ピアーズ……」
戦場では一瞬の油断が命取りになる。訓練生のときから、それは教官から耳にタコができるほど教え込まれてきた教訓だった。特に、今回のバイオテロのような無差別殺人の事件ではそうだ。
咄嗟の判断力がなければ生き残ることができないことを、名前は今回のバイオテロで身を以て知った。
クリスやピアーズは名前を責めなかったが、それは隊長のクリスがアルファチームをただの戦闘員でなく、「家族」として見ているからだろう。クリスのそうしたポリシーは、ピアーズを含めチームの全員が理解している。チームで紅一点の名前も力の強さで男に敵わない面では、チームの皆に大きく助けられてきた。だからこそ名前はこれまで、力以外でアルファチームを支えられるよう努力してきた。
こんなところで、仲間を殉職させることは絶対にしたくない。そう思った名前は、改めて気を引き締め直した。
クリス、ピアーズ、名前は点検用フェンスを渡ってエレベーターの扉を開ける。扉の向こうには、銃を持ったジュアヴォが待ち構えていた。
「派手な出迎えだ」
クリスはそう言いながらエレベーターの扉に寄り掛かり、銃撃を避ける。
「まずは奴らを片付けましょう」
ピアーズはそう言って威力の高いアンチマテリアルライフルを構える。だが、こちらは三人だが相手は複数。どう見ても多勢に無勢だった。
名前は装備から手榴弾を取り出す。ここまで来るのに結構な弾薬を消費していたが、今が強力な武器の使いどころと判断した名前は、残り少ない装備を使うことに決めた。名前はジュアヴォの攻撃の隙を突いて、エレベーターの扉を盾にしながら手榴弾をジュアヴォ達に向かって投げる。ジュアヴォ達の足元に転がった手榴弾が爆発し、一気にジュアヴォ達が爆風で吹き飛んだ。
「ナイス名前!」
「突破するぞ!」
クリスの合図と共に、三人は一気にフロアへ入り込み階段を目座す。三人の行く手を阻むように次々とジュアヴォが現れるが、相手をしている時間はない。名前達はショットガンやハンドガンでジュアヴォを牽制しながら先へと進んだ。
―――――
1階に辿り着いたクリス、ピアーズ、名前は人質が捕らわれている真上に辿り着く。
「下に飛び降りたら、ピアーズは人質を捕えているジュアヴォを倒せ。俺と名前が他のジュアヴォを倒す」
「分かりました」
「任せてください」
クリスの指示を受けたピアーズと名前が頷くと、クリスは指示を出す。
「準備は良いな……行くぞ!」
クリスが合図を出した途端、先にピアーズが飛び降り、その後にクリスと名前が続いて飛び降りる。奇襲に驚いたジュアヴォが人質の首をナイフで切ろうとしたが、間髪入れずピアーズがそれを狙撃で制した。
残りのジュアヴォ達もクリスと名前が殲滅し、人質の元に急ぐ。人質の女性は傷一つ見当たらず、どうやら無事のようだった。
「1階の人質を確保」
「HQ了解、早急に離脱せよ」
クリスが無線で指令室に連絡を入れると、すぐに離脱の命令が下る。クリス、ピアーズ名前は人質を連れて、側にあったビルの出口から外に出た。
「HQ!アルファ離脱完了!人質も無事!」
外で待機していた残りのBSAA隊員が、三人の姿を見付けて無線に連絡を入れる。
「了解、爆撃を開始する」
人質になっていた女性はBSAA隊員に引き取られ、取り敢えず任務が一段階した三人は、その場で爆撃が始まる前にビルから離れようとした。
そのとき、ビルの外へ出ようとしたピアーズと名前の目の前で、ビルのシャッターが閉まった。
「え?」
ビルから出られなくなった状況に、名前とピアーズは思わずその場に立ち尽くす。
「ピアーズ!名前!」
シャッターが閉まる前にビルの外に出ていたクリスが、シャッターの向こう側からピアーズと名前の名を呼ぶ。
「隊長!何なんですかこれは?」
「分からないが……恐らくビルの故障が原因だろう」
「どうしよう。これじゃ離脱できないわ」
「何処かに出口があるはずだ。俺も探してみる」
クリスの言葉を聞いた名前は辺りを見回す。
「マジかよ……」
ピアーズも顔を顰めながら、脱出できるような場所はないか探す。
そのとき、無線に司令官から連絡が入った。
「HQよりアルファ。3階の西にあるベランダから離脱が可能だ。急げ」
名前とピアーズは顔を見合わせて頷く。どうやら司令官は、このまま隊員を見捨てるつもりはないらしい。
「ピアーズ、名前!今の連絡を聞いたか?」
無線を傍受したクリスがシャッターの向こうから名前達に尋ねる。
「はい隊長!今から向かいます」
「急ぐぞ名前!」
名前とピアーズは指示された脱出口に向かって走った。