The Righteous Man2

「アルファ、離脱を急げ。爆撃機の準備が完了し、そちらへ向かっている」
「まずいな。仲間の爆撃で殉職なんてゴメンだぜ」

無線の連絡を聞きながら、名前とピアーズはビルに残っているジュアヴォを蹴散らし出口に向かう。
3階に名前とピアーズが辿り着いた瞬間、ビルに向かってミサイルが飛んできた。爆撃でビルが揺れ、瞬く間に辺りが炎に包まれる。

「ちょっともう作戦開始?私達の存在は無視ってこと?」
「連絡が入っていることから無視されている訳ではないだろう。でも、作戦の遂行が第一ってところだな」
「このビルも長くは持たないわね」

名前とピアーズは炎を避けながらベランダに向かって走った。再びミサイルがビルに衝突し、その衝撃で床が崩れ落ちていく。

「限界よ!崩れるわ!!」
「良いから行くぞ!!」

ピアーズは名前の腕を取る。二人は抜け落ちた床を迂回して回り込み、開け放されたビルのベランダに向かって走った。

そのとき、名前の立っている部分の床が崩れ落ち、名前の体が下に落ちる。

「きゃああ!!」
「名前!!」

咄嗟にピアーズが掴んでいる名前の腕を強く掴んだので、名前は助かった。ピアーズが名前の腕をそのまま引っ張り、名前を上に持ち上げる。

「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、ピアーズ」

立ち上がった名前とピアーズは横に並び、ベランダの前に立った。

「行くぞ!」

ピアーズの合図と共に、名前とピアーズは空中に飛んだ。二人が飛んだ瞬間、再びビルがミサイルに爆撃され、背後から爆風が二人の背中を押す。

「うわぁああーっ!!」

凄まじい風圧に名前とピアーズは悲鳴を上げながら飛び降りる。二人は空中で受け身の姿勢を取り、何とか着地することができた。
無事に着地できたものの、まだ終わりではない。ミサイルの爆撃で、いよいよビルが崩壊し始めていた。名前とピアーズは崩れ落ちるビルの瓦礫を避けながら、全速力でビルから離れる。

そのとき再びミサイルがビルを爆撃し、遂にビルが大爆発した。爆風でビルの瓦礫やガラスの破片が飛び散り、名前達に容赦なく降り注ぐ。

「名前、危ない!!」

ピアーズは咄嗟に名前を抱き寄せて、近くの建物の影にダイブした。

「怪我はないか?」
「う、うん……」

咄嗟のこととはいえ、ピアーズに組み敷かれている体勢になり、名前は不覚にもドキリとする。

「……名前」

その時、名前の顔にピアーズの顔が近付いてきて、唇に温かいものが触れた。それがピアーズの唇と分かった瞬間、名前の頬がカッと熱くなった。

「ちょっ、こんなときに何!?」

突然のことに驚いた名前は、思わずピアーズを突き飛ばした。

「ふっ……ふざけないで!!」

恥ずかしさの余り、名前は大声を上げる。混乱を抑えるように、名前は勢い良く立ち上がってピアーズと距離を取った。

ピアーズは名前に突き飛ばされたままの体勢でいたが、徐に立ち上がると隊服の土埃を払う。何も言わないピアーズに、その微妙な雰囲気に耐えられなくなった名前がチームの元へ戻ろうとすると、ピアーズがその腕を掴んだ。

「……ピアーズ?」

名前の腕を掴んでいるピアーズは真剣な表情をしていた。

「……すまない、名前」
「こんなときまで私のことをからかうなんて、どういうつもりなの?」

任務中だけでなく、脱出のときもピアーズには何度も助けられた。それは本当に感謝している。
しかし今は任務中だ。今だって命の瀬戸際に立たされていたというのに、どうしてこんなときまで自分をからかうのかと名前は思った。

「からかっているつもりはない」
「え……?」
「……分かっているんだ。任務中だって言うのに、この任務で仲間だって何人も死んでいるのに……」

ピアーズは俯きながら、独り言のようにそう話す。

「……不謹慎で、馬鹿なことしていることも分かっている……でも、お前が側に居ると、つい止められなくなるんだ……」

今まで見たことのないピアーズの切なげな表情に、何故か名前の胸が締め付けられる。

「……どうしてよ」
「放っておけないんだよ。お前は、俺にとって大切な存在だから」

ピアーズはそう言って、力の籠もった目で名前を見る。

「……この際だから、言う」
「……何?」
「俺はお前が好きだ」
「え?……す、好きって……」

ピアーズは名前の腕を引き、そのまま名前を抱き締めた。

「同じチームの人間としても、一人の女としても好きだ……名前」

はっきりと名前の耳元でそう言うピアーズの言葉に、名前は一気に顔に熱が集まるのを感じた。

「隊長は、ピアーズが私のことを妹のように思っているって……」
「確かに最初はそうだったよ。隊長が何時も言っているけど、俺達チームは家族も同然だ。だから俺も初めはお前を妹のように思っていた。でも俺より年下の女が、俺達みたいな屈強な男に紛れて、弱音も吐かず泥塗れになって頑張っている姿に、俺は妹じゃなく、一人の女として惹かれていったんだ」
「!」
「何時かは隊長にも、名前のことを本当はどう思っているか説明しようと思っていた。でも、先に隊長に言ったら、隊長が俺の気持ちを名前に話してしまうんじゃないかと思って言わずにいたんだ……俺は名前への気持ちは、隊長の口からでなく直接言いたいと思っていたから」

ピアーズがそんな気持ちを抱えたことを露知らずにいた名前は、呆然としてピアーズの顔を見上げた。

「名前、お前はどうなんだ?」

ぐっと強い視線で見下ろしてくるピアーズの瞳から、名前は視線を逸らせなかった。

「そ、そんな急に言われても……」

ピアーズにちょっかいを掛けられても、それでピアーズを嫌いになったことはない。真面目で優しいピアーズのことは好きだ。けれどそれが男性として好きなのかは未だ分からない。
名前が言葉に詰まっていると、ピアーズが名前の頭に手を置く。

「……そうだよな。俺も逆の立場だったら、返事に困るのは分かる」

ピアーズはそう言って真っ赤になっている名前を見下ろすと、場の雰囲気を変えるように何時もの明るい笑顔を見せた。

「返事は……この仕事が終わってから聞く。それまでに考えておいてくれ」

―――――

あれからアルファチームはC-ウイルスに関する重要参考人エイダ・ウォンの目撃情報があった保沙湾(ポイサワン)地区に移動した。彼女を重要参考人として捕らえることがアルファチームに課せられた次の任務だった。だがエイダ・ウォンの捜索中、大蛇型のB.O.W.イルジヤが現れたことでキートン、リード、ジェフなど何人もの死傷者が出た。

次々と仲間が死んでいく現実に、途中で隊長のクリスは苦痛と怒りを露わにして苦しんだが、その度にピアーズと名前が何とかクリスを宥めた。クリスの怒りの強さはそれだけチームの隊員を大切に思っていることの表れであることを、ピアーズも名前も理解していた。

クリス、ピアーズ、名前はお互いに協力して苦境を退けつつ、任務を遂行し続けた。そうして中国ネオアンブレラ研究所から逃走するエイダを追って空母で空を渡り、蘭祥の沖にあるネオアンブレラ海底研究所に辿り着いた。

海底研究所は海上プラントに偽装されているが、その実は海底から引き上げたマグマを原動力として稼働する研究施設であり、C-ウイルスに関する様々な研究が行われている。最深部にはサナギ状態ではあるが、「ハオス」と呼ばれるB.O.W.が格納されている。

ハオスはC-ウイルスを世界中にばらまくために創られたB.O.W.で、シミュレーションによると、ハオスが地上に放たれると地上の生物への感染率がすぐに100%に達するといわれている。そのような恐ろしいB.O.W.を地上に解き放つ訳にはいかなかった。

ネオアンブレラ海底研究所に辿り着いたクリス、ピアーズ、名前はハオスが放たれる前に殲滅するため、研究所最深部へと向かっていた。

「海の底にこんな……あの女、どんだけ金持ってたんだよ」

海底研究所の広大さに、ピアーズは思わずそう呟く。

「何にせよ、ここはネオアンブレラの巣だ。必ず何かある……慎重に行くぞ」
「分かりました」
「了解」

クリスの言葉を聞きながら、クリス、ピアーズ、名前は研究所のエレベーターに乗り込む。地下に向かうにつれてHQとの通信も途絶えた。ここからは、三人で任務を進めるしかなかった。

エレベーターから降り、研究所の捜索を進めていたクリス、ピアーズ、名前はコンビナートの最深部に辿り着く。周囲にはリフトが設置されており、上空に巨大な物体がぶら下がっていた。

「あれがハオスのサナギだろう」

巨大な物体を見上げながらクリスが言った。クリス、ピアーズ、名前はハオスが孵化する前に、リフトを使ってハオスのサナギ近くへ向かう。だが、移動している間にハオスのサナギが動き始め、中から透明な生物が生まれ出てきた。

「まずい……!」

リフトに乗ったまま戦うのでは、こちらが明らかに不利だった。クリス、ピアーズ、名前は追って来るハオスを牽制しながら、リフトから降りてハオスに対抗しやすい場所を探す。

やがて海底研究所の緊急脱出路に辿り着いたクリス、ピアーズ、名前だったが、執拗に3人を追い掛け続けていたハオスが入口から侵入してきた。

「隊長!!」

ハオスの側にいたクリスを咄嗟にピアーズが突き飛ばし銃を構えたが、そのままピアーズはハオスの巨大な手に捕えられる。

「ピアーズ!!」

名前がピアーズを捕えているハオスの腕を撃つと、もう片方のハオスの手が名前の体を掴んだ。

「ピアーズ、名前!!」

クリスがハオスに向かって攻撃すると、怯んだハオスはピアーズを掴んでいた腕を振り払った。ハオスの手から離れたピアーズはそのまま吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。暴れ回るハオスは、側にあるコンビナートの装置を破壊して、それをピアーズに向かって投げた。

「ピアーズ!!」

壁に打ち付けられて動けなくなっているピアーズの元へクリスが走るが、その前にハオスが投げた巨大な装置がピアーズの右腕を潰した。

「アァアアアアッ!!」
「ピアーズゥウ!!」

クリスはピアーズの救出に向かおうとしたが、それを阻むようハオスはクリスの体を捕まえる。

「隊長!!」

ハオスの手に捕えられたまま名前は銃を構えようとするが、それに気付いたハオスが名前の体を容赦なく締め上げた。

「ううっ……!!」
「名前!!」

見る見る顔色を失っていく名前を見て、クリスはハオスの手から逃れようと必死に藻掻く。しかし、どう足掻いてもハオスの手はクリス達を放す様子はない。

このままでは、隊長と名前は……。

スナイパーの命でもある右腕を潰されてしまった今、ピアーズはもう銃を撃つことはできなかった。朦朧とする意識の中、ピアーズはこの絶望的な状況を打開する方法がないか、必死に辺りを見回していた。
そして自分の二、三メートル先に、C-ウイルスの注射器が転がっているのが見えた。それは空母を探索中、エイダの所持品から回収したものだった。

為す術を失ったクリスと名前の様子を遠目に見たピアーズは、朦朧とする意識に鞭打って残りの意識を掻き集める。ピアーズは息を止めると、自力で装置に挟まれた体を引き摺り出した。

「……ウァアアアアッ!!」

右腕を失ったピアーズは左腕と足を使って這いつくばりながら、C-ウイルスの注射器が落ちている方へ向かう。右腕の激痛に意識が飛びそうになったが、今ここで気を失えば、クリスと名前は助からない。気の狂うような痛みに耐えながら、ピアーズは床を這うように移動した。ハオスはクリスと名前を締め殺そうとしている所為か、ピアーズが移動していることには気付いていないようだった。

そうして、ピアーズはC-ウイルスの注射器を手にした。

隊長と名前を助けるためには、この方法しかない。

覚悟を決めたピアーズは、手にした注射器を体に打ち込んだ。

「うっ……」

C-ウイルスを投与したピアーズは一瞬意識を失いかけたが、何とか意識を奮い立たせた。見る見るウィルスによって体に力が漲るのを感じる。そうして失ったピアーズの右腕からは、彼の意志に呼応するよう、新たに変異体の腕が創られていった。
ピアーズはその腕をハオスに向かって構えると、強力な電撃弾をハオスに向けて放った。それを受けたハオスは悲鳴を上げ、クリスと名前の体を放した。

床に投げ出されたクリスは起き上がり、側にいた名前を見る。

「名前、無事か?」

名前は蒼白い顔をしていたが、意識は辛うじて残っていた。

「私は大丈夫です……それよりピアーズを……!」

名前の無事を確かめたクリスは、ピアーズの元へ向かう。

「ピアーズ!何てことを……!」

ピアーズは苦しそうに呻きながらも、C-ウィルスの脅威を何とかコントロールしているようだった。

「隊長……今は俺の心配よりも、アイツを倒しましょう」

ピアーズはそう言ってハオスを見る。ピアーズの攻撃が相当なダメージだったのか、ハオスはサナギ化して回復しようとしていた。

「……ピアーズ!!」

クリスに続いて名前もピアーズの元に駆け付ける。変異したピアーズの腕を見て、名前は言葉を失う。

「くっ……俺から離れろ……名前」

必死にウィルスと格闘するピアーズの姿に、名前は目頭が熱くなる。

「……今は正気でいるが……何時までウィルスを抑えられるか分からない……だから……」

ピアーズの言葉を遮って、名前はピアーズを抱き締める。

「ピアーズならきっと、ウィルスの力に勝てる……」
「……名前」
「どんなときでも諦めないピアーズが、ウィルスなんかに負ける訳ない!」

名前はピアーズを抱き締める腕に力をこめる。名前にそう言われたピアーズは、変異していない方の腕で名前を抱き締めた。

「ありがとう……名前」
「……発作が収まったようだな」

二人の様子を見ていたクリスが言う。名前の言葉で落ち着きを取り戻したのか、ピアーズは自分の意識がはっきりしてくるのを感じていた。

そのとき、ハオスのサナギがひび割れて、中から蘇生したハオスが再び現れた。

「二人共、行くぞ!」

クリス、ピアーズ、名前は、再びハオスと対峙する。三人は別々に行動し、ピアーズが電撃弾を撃って怯んだところをクリスと名前が急所を狙って攻撃した。だがハオスは一定のダメージを受けると、サナギ化して何度も蘇生した。中々倒せないハオスを前に、三人は苦戦する。

「うっ……」

ピアーズは電撃弾を撃つ度に体力を失っていた。今までの攻撃で大分消耗しているようだった。

「ピアーズ!!」

よろめくピアーズを側にいた名前が支える。

「ピアーズ、大丈夫か?」

ハオスを陽動していたクリスも、ピアーズの異変に気付いた。

「ピアーズは私が補佐します」
「分かった。頼んだぞ」

名前の言葉を聞いたクリスは、出来るだけピアーズと名前から注意を逸らすようハオスを攻撃した。

「名前、悪いな……」
「辛かったら隊長と私が戦うから、その間に休んでね」

ピアーズは名前の肩を借りながら、体力の続く限り電撃弾をハオスに撃ち込んだ。クリスが陽動作戦を取る間に、ピアーズと名前が攻撃する形でハオスを弱らせる。そうしてハオスが再びサナギ化しようとしたとき、蘇生を阻止させるためクリスと名前がサナギの殻を銃撃で壊す。蘇生を妨げられたハオスは逃げようとしたが、ピアーズが電撃でハオスの動きを抑えた。

「隊長……!!早く……そいつを……」

ハオスの側に居たクリスに、ピアーズはとどめを刺すよう呼びかける。

「ああ!!」

ピアーズがハオスの動きを止めている間に、クリスがナイフでハオスの心臓を貫いた。致命傷を攻撃されたハオスは悲鳴を上げながら倒れ、そのまま動かなくなる。

「うっ……!!」
「ピアーズ!」

ハオスを倒して気が抜けたのか、ピアーズはまた発作に襲われた。クリスはピアーズと名前の元に走る。

「ピアーズ!大丈夫か?気をしっかり持て!!」

Cウィルスに意識を乗っ取られそうになりながらも、ピアーズは懸命に理性を保とうと歯を食いしばる。

「大丈夫だ。絶対に助ける!!」
「隊、長……」
「隊長、早く脱出しましょう!!」

大分ウィルスが侵攻しているのか、ピアーズはハオスと戦う前より苦しそうな様子だった。

「ああ、そうだな」

クリスと名前はピアーズの体を支えながら、研究所の脱出経路に向かった。



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