Paradise Regained3

「……最初に貴様を排除しておくべきだった、クリス」
「泣き言か?らしくないなウェスカー!」

爆撃機は火山へ落下し、ウェスカーがウロボロスを世界へ拡散させる計画は阻まれた。だが、ウェスカーはまだ諦めてはいなかった。

(まだ終わった訳ではない……この俺が生きている限りは!)

ウェスカーは爆撃機の一部を拳で貫いて破壊する。すると爆撃機の内部からウロボロスが飛び出し、ウェスカーの腕に蛇のように絡まっていく。
やがてウェスカーの全身はウロボロスに包まれ、凶悪な姿に変貌を遂げた。
ウェスカーは自分の腕に絡み付いているウロボロスを触手のように伸縮させながら、後退するクリス達へ攻撃を始める。

「何故わからない、クリス。このくだらない世界のどこが良い?」

ウェスカーはクリス達を追い詰めながらそう尋ねる。

「より強く、正しく、高位の存在が生き残るルール。永らく人間はその決まりから外れてきた。どこへ行っても争い……そして汚染……薄汚い人間、人間、人間……傲慢なお前達は裁かれなければならん!」

ウェスカーの脳裡には命ぜられるまま実験を繰り返す、アンブレラ研究員達の姿が浮かんでいた。あの狂人達が実験体を観察するときの、残酷で無情な目の色までも。名前をネプチューンの水槽に突き落とした研究員のことも。

「クリィィィス……!!」

積年の思いはウェスカーの体を突き破らんばかりの怒りに変わる。ウェスカーは長年、自分の計画を邪魔してきたこの男だけは許せなかった。

「貴様……貴様だけは殺す。これが最後だ、クリス!!」

ウロボロスはウェスカーの意のままクリス達に襲い掛かる。だが、クリスも幾多のバイオテロから生き延びた猛者であり、強運の持ち主でもある。止めを刺すことが一筋縄に行く筈もない。ウェスカーはそういう点では、この宿敵ともいえる男を高く評価していた。
しかしその有能さは、結局ウェスカーにとっては仇にしかならないようだった。クリスとシェバに弱点の心臓部を撃たれ続けたウェスカーが体の平衡を失った瞬間、クリスがウェスカーを羽交い絞めに抑え付け、サバイバルナイフでウェスカーの心臓部を刺し貫いた。
強い衝撃を受けたウェスカーは、自分にしがみ付くクリスを振り払うようウロボロスの触手を振り回す。
そのとき、ウェスカーの足下の溶岩が崩れ、ウェスカーの体はそのままマグマに落下した。

「……ァアアアアアア!!」

ウロボロスに覆われた皮膚でさえマグマの温度に耐え切れる筈もなく、ウェスカーの肌は瞬く間に爛れ溶けていく。まるで地獄絵図のような光景だったが、世界をバイオテロの脅威に陥れようとしていた男に、クリスもシェバも同情心は抱けなかった。

数分後、クリスとシェバの後を追ってきたBSAA隊員のジョッシュがヘリコプターで駆け付け、二人はそれに乗り込む。

「……クリィィィス!!」

そのとき、クリスとシェバがヘリコプターに乗り終えた直後、絶命したかと思われたウェスカーがマグマの中から姿を現した。ウェスカーの腕からウロボロスの触手が伸び、飛び立とうとしていた機体に絡み付く。

「くそっ!掴まれ!!」

ヘリコプターを操縦するジョッシュも必死に機体を安定させようと試みるが、それをものともせぬ力で、ウェスカーは機体を引っ張り続ける。

「クリス、シェバ!あれを使って」

ヘリコプターに同乗していたジルが指し示した先にはロケットランチャーがあった。クリスとシェバは機内でバランスを取りながらそれを手に取り、同時に構えた。

「準備はいいか?相棒」
「ええ、いつでも」

シェバがそう答えると、二人の持つロケットランチャーから弾丸が放たれる。

「……くらえ、ウェスカー!!」

弾丸はウェスカーに命中し、ウェスカーの断末魔を掻き消す程の凄まじい轟音と破壊音が響き渡った。

「…………」

即死の攻撃を受けたウェスカーだったが、全身を覆うウロボロスが辛うじて盾代わりとなり、一瞬で体が吹き飛ぶことはなかった。

俺がこのまま死ねば、名前はどうなる――?

遠退く意識の中、ウェスカーが思い起こしたのは自分の生死より名前のことだった。

まだ、死ぬ訳には……

虚ろになっていく意識に呑まれるように、ウェスカーはその目を閉じた。

―――――

満月が静かに輝く夜。風が梢を吹き抜ける鬱蒼とした樹海。
梟の囀りだけが響き渡る暗い奥地を、黒い人影が通り抜けて行く。それは迷いなく獣道を突き進んでいた。
人影は影よりも黒いコートに長身を包み、闇の中を縫うように通り過ぎて行く。やがて、月明かりに照らされた開けた地に辿り着くと足を止めた。

月明かりに照らし出されたその姿は、アルバート・ウェスカーだった。
彼はクリスとの決戦で瀕死の重傷を負ったものの、ウィルスの力で少しずつ回復を遂げ、密かに生き延びていた。

月の下に佇むウェスカーの視線の先には、小さな屋敷が建っている。ウェスカーはその屋敷の扉に近付くと、懐から鍵を取り出し扉を開いた。
扉の先には閑静な玄関ホールが広がっていた。室内は薄暗く、天井のシャンデリアは蜘蛛の巣と埃を被り、燭台は錆付いて蝋燭の灯りもない。唯一、繊細な装飾が施された天窓から、青白い月明かりが窓の模様を床面に描き、侘しく差し込んでいる。

ウェスカーが屋敷に足を踏み入れると、物音一つない空間に硬質な靴音が鳴り響く。ウェスカーは樹海を通り抜けて来たときと同様、迷いなくホールの中心にある階段を上がる。擦り切れたビロードの絨毯が敷かれた廊下を渡って、屋敷の一番奥にある部屋に辿り着いた。

ウェスカーは扉に施された蝶のモチーフを見詰める。すると羽根の模様が緑色に光り、カチッと音がした。モチーフは見た目こそ年代物だったが、それはウェスカーが仕事上の付き合いで知り合ったスパイに特注で作らせた、彼の緋色の目だけを認識して開くシステムキーになっていた。
解錠された扉をウェスカーは静かに開く。まるで何かの眠りを妨げぬよう気を配るような開け方だった。扉の先には屋敷の中で最も広い空間があり、入って右側の壁は全面ガラス張りになっていたが、今は緞帳で閉め切られていた。
ウェスカーは窓に近付くとその緞帳を開けた。緞帳に被っていた埃が舞い、月明かりを受けてキラキラと輝いた。

明かりが差し込む窓からウェスカーが背を向けると、ウェスカーの影が長く床に伸びる。ウェスカーは自分の影を足下から見上げていく。伸びた影を追う視線の先には、一基の培養槽があった。その中には、白いワンピースを纏った女が眠っている。

ウェスカーはその培養槽に向かいながら、黒の皮手袋を外して床に投げ捨てる。
培養槽に近付いたウェスカーがスイッチを押すと、プシュウという音と共に内部の気体が抜け、その蓋が開いた。
培養槽の蓋が開くと、中に眠っていた女の目がゆっくり開かれる。女の目は闇の中でも炯るように赤く、その目はすぐに目前のウェスカーを捉えた。

「このときを、どれだけ待ったことか……」

女を見下ろすウェスカーの声は感嘆に満ちていた。女はぼんやりとウェスカーを見ていたが、やがて訥々と話し始める。

「夢を見ていたの……あなたが私の体を使って、研究する夢……これも、夢?」

女を見下ろすウェスカーの目もサングラスの下で赤く輝いていた。まるで彼の歓喜を表すかのように、禍々しくも、強く。

「夢ではない……名前」

ウェスカーが囁くように話し掛ける女は、ウェスカーが長年に亘って護り続けてきた名前だった。クリスとの戦いの最中、ウェスカーの通信機に連絡が入ったが、それは名前に少しずつ投与していたウロボロスが適合していることを意味する連絡であった。

「お前は、新たな生を得たのだ」
「……あなたが、私を?」

名前の問いにウェスカーは静かに頷く。

「ウェスカー……何故、私を……」

名前の純粋な問いに、ウェスカーはフッと笑う。

「報われるべきものが報われず、くだらないことばかり続ける人間が力を持つ世界に嫌気が差したからだ」
「……どういうこと?」
「忘れもしない……お前を殺した男のことを……」

今まで様々な人間を見てきたが、ウェスカーにとって生きる価値があると思えるのは、名前のような人間だという思いは変わらない。ウィルスの力に魅せられて、数えきれない人間がその力を巡り、争い、殺し合ってきた。
だが、大きすぎる力が齎すのは結局破滅である。地位、財力、才能、そんなものウィルスの前には何の力も持たない。ただ、人が人らしくある為には、研究員時代の名前のように、自分にできることを頑張ろうとする真摯な心にこそあるのだと思う。

「くだらない人間ばかり増長する世の中なら、一層俺の手で変えてやろうとも思った。だが、運命はあの男の味方をしたようだ……」

そう話すウェスカーの脳裡には、クリスの顔が浮かんでいた。

「……行こう、名前」

ウェスカーは名前に手を差し伸べる。

これからもバイオハザードは続くだろう。その度に、この腐った世界を守る価値があるのか、お前も私と同じように疑問を抱くことになるだろう。
お前はそれにどう対処するのか、クリス。
これから俺は名前と共に、お前が守ろうとする世界の行く末を見届けよう。

名前は差し出されたウェスカーの手に自分の手を重ねる。
新たな生を祝うよう、ウェスカーは培養槽から降り立つ名前の手の甲に口付けた。

―――――

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