The Evil Creator1

私はアークレイ研究所に所属する科学者の中で、ウィリアム・バーキンほど研究に生涯を捧げた人を知らない。
彼は、純粋過ぎるか故に狂気を追い求めた奇人……誰もが認める天才科学者だった。

「名前~」
「何?」

名前が研究室の入口にフラッと現れた姿を見ると、そこに居たのは同僚のバーキンだった。バーキンはそのまま研究室に入って来ると、名前の隣の椅子に座り込む。

「……疲れた」
「徹夜明け?」
「……それもあるけど」
「私に何か用?」
「別に。今休憩中」
「私は仕事中だから邪魔しないでね」

名前がバーキンと会話しながら研究主任のウェスカーに提出するレポートを書いていると、バーキンはふとレポートを指差す。

「ここ、間違ってるよ」
「え?」
「ここの化学式。これじゃウェスカーに怒られるよ」

バーキンに指示された箇所の化学式を見直すと、確かに誤りがあった。だが、それよりもバーキンが一瞬でレポートの誤りを発見したことに名前は驚く。

「ありがとうウィル!」

名前に笑顔でお礼を言われると、バーキンは顔を赤くして名前から顔を逸らす。

「……あ、ああ」

バーキンはぎこちなくそう言うと、椅子から立ち上がる。

「どうしたのウィル?」
「もう仕事に行ってくる」

バーキンは片手を白衣のポケットに突っ込みながら、もう片方の手でヒラヒラと名前に手を振って去っていく。

「相変わらずお熱いカップルだな」
「ウェスカー?」

いつの間にか名前の側に立っていたのは、同じく同僚のアルバート・ウェスカーだった。名前、バーキン、ウェスカーの三人はアンブレラ幹部候補養成所時代からの同期である。

「私とウィルは、そういう関係じゃないよ」
「お前達がどう考えていようと、研究所に居る連中の間では、既にカップルだと思われているぞ?」
「私が?まさか……」

バーキンはアンブレラ研究所一の天才と名高い科学者だ。その彼とカップルなどと噂されているなんて、名前にはとても信じられなかった。

「名前がどう思っていようと、バーキンは君に気があるようだがな」
「ウィルは研究一筋だと思うけど……」

バーキンは日頃から研究熱心な男だった。つい今し方も十分ほど休憩を取っただけですぐ仕事に戻って行ってしまった。
バーキンに限らず、研究所での生活を続けていれば、日常生活からは縁遠い暮らしになり、昼夜研究に励むことになる。だが、バーキンにおいては一度研究にのめり込むと何日も寝ずに目の下に隈を作っていることが日常茶飯事だった。

「それにしても最近のウィルはいつにもまして忙しそうだね」
「ああ……タイラントの開発だけで満足する男ではないからな」

幹部候補養成所時代からアンブレラのメインプロジェクトは新ウィルスの開発だ。だが、1978年にT-ウィルスを開発してから既に10年の月日が経っている。
そして今年、バーキン主導の「T-ウィルス計画」により、B.O.W.「タイラント」が開発された。だが、バーキンは「T-ウィルス計画」と並行して、新たなウィルスの発見・開発を進めている。

「近頃バーキンは新ウィルスの開発の糸口を掴んだようだ」
「本当に?」
「ああ。最近は日夜研究に没頭している」

同じ研究員で勤務しているといっても、名前とバーキンは違う管轄で研究を行っているため、名前はバーキンの詳細な研究内容は知らない。しかもバーキンの関わる研究はアンブレラでも幹部クラスの研究者しか計画に参加することのできない研究だった。
ウェスカーは同僚のよしみで名前に研究の進捗を教えてくれたのだろうが、それにしてもバーキンが新ウィルスの開発研究まで進めていることを知らなかった名前は、バーキンのことが少し心配になった。

「ウィル、また目の下に隈を作っていたけれど、それが原因だったのね」
「俺もバーキンを援助するが、あいつが荒れたときは、名前もサポートを頼む」
「うん……」

ウェスカーは話し終えると、自分の研究室へ戻っていく。名前はバーキンらが去って行った研究室の扉を暫く物憂げに見詰めていたが、やがて仕事に戻った。そして、ウェスカーと名前がバーキンを案じる予感は的中することになる。

―――――

ガシャアン!と物凄い音が研究室の一室に響いた。その後には数秒の静寂が研究室を包み、ズルズルと何かが壁を這う音がした。

「クソッ……!」

壁を這う音の正体は、バーキンの体が壁から床にずり落ちる音だった。バーキンの周囲には研究道具が乱雑に置かれ、割れたガラス片が床に散乱していた。

「ウィリアム!?」

バーキンに用事があり彼の元を訪れた名前は、異様な物音を聞きつけて扉を開ける。

「これは……」

バーキンの研究室には惨状が広がっていた。研究道具が散乱し、破壊され、床には血が滴っている。バーキンの周囲に滴る血痕は、彼が癇癪を起こした際に怪我をしたものか、実験体のものなのか、一目では分からない。ただ、血痕の側には実験体の肉片のようなものが転がっている。
いくら冷徹な科学者の集まるアークレイ研究所といっても、この狂気の有様を見れば誰もが立ち竦むような光景だった。
だが、名前はそれよりもバーキンの様子が気になり、思い切って研究室に足を踏み入れる。

「ウィル、あなた……また暴れたの?」
「…………」

名前の問いにバーキンは何も答えず、ただ床にへたり込んで俯き、壁に背中を預けている。
バーキンは最近いつもこんな調子だった。ついこの間まで、アンブレラで史上最年少の天才科学者といえばバーキンだった。16歳にしてこのアークレイ研究所の主任研究員に抜擢されたその奇才ぶりは、アンブレラ創業以来の最年少幹部として持て囃されていた。

しかし、アンブレラ南極研究所でアレクシア・アシュフォードがt-Veronicaウィルスの開発に成功し、10歳で主任に抜擢されたことで、バーキンの功績は一気に塗り替えられてしまった。バーキンは自分が天才であることを自負しており、虚栄心やプライドも高かった。そのためアレクシアに対して一方的に嫉妬心を抱き始めるようになり、次第に競争心から無計画な研究や実験を繰り返すようになった。

そうしてバーキンは新ウィルスの研究を続けていたが、バーキンが焦れば焦るほど研究は彼の思うようには進まなかった。やがてなけなしの神経も擦り減らされて底を尽き、結果の見えない苛立ちから、最近のバーキンは癇癪を起こすようになっていた。

「ウィル……」
「…………」

名前の呼び掛けにバーキンは反応しない。名前はバーキンを気遣うよう、彼の肩に手を置く。

「少し休んだら?」
「……休んでいる時間なんか、僕にはないんだ」

バーキンは名前の方を一切見ずにそう言う。バーキンの目の下は眼窩が落ち窪んだように濃い隈が出来ており、顔色も蒼白く、まるで骸骨のような形相だった。

「でも……このままじゃ死んじゃうよ!」
「僕には命より、研究の成果の方が大事なんだ」

バーキンは機械のように抑揚のない口調で答えた。それだけバーキンが追い詰められていると感じた名前は、バーキンの腕を引いて立ち上がらせようとする。

「もう止めてよウィル!」
「……うるさい!君は他人事だからそういうことが言えるんだっ!」

初めてバーキンが名前の方を見る。その目は怒りの色に燃えて、何かに取り憑かれたようにカッと目を見開かれていた。そして、衝動的にバーキンは名前の頬を平手打ちした。床に崩れる名前を見た瞬間、バーキンはふと我に返る。

「ご、ごめん……名前……!」

バーキンは慌てて名前の側へしゃがみ込み、名前を強く抱き締める。

「痛かっただろう……すまない……」
「ウ、ウィル……苦しいっ……」

名前はバーキンに平手打ちされた衝撃よりも、突然バーキンに抱き締められたことに動転して硬直してしまった。

「僕は、最低だ……」

バーキンは名前から少し体を離すと、名前の赤くなった頬を労わるように撫でる。

「ごめん……本当に。名前……」

澄んだバーキンの碧い瞳には、さっきまでの狂気めいたものは感じられなかった。

「ウィル……もう大丈夫だよ」

名前が頬に触れるバーキンの手に自分の手を添えると、バーキンは再び名前を抱き締める。

「……僕は、結果を出さないといけないんだ。そうでなければ、僕の存在意義なんて、ないのに……」
「?」
「僕に出来ることは……それくらいしかないから……」

バーキンはそう呟いて、力なく名前の肩に顔を埋める。

自分がどれだけ天才的科学者であっても、その分人間性・人格が何処か欠落していることは分かっていた。
そして、虚栄心からそれを素直に認められない自分の心も嫌いだった。唯一の存在意義を他人に奪われそうになり、その苛立ちを名前に暴力でぶつけるなんて……僕は何て最低なんだ。

「すまない名前……」
「ウィル……」

名前がバーキンの背に腕を回すと、バーキンの体は震えていた。

「泣いてるの?」
「泣いてなんか……いない……っ」

バーキンの声は情けないほどに裏返り、ワナワナと震えている。泣いていないと言っているが、恐らく泣いているのだろう。アンブレラの天才科学者がこんな少年のような男だと、一体誰が想像できるだろうか。

名前がバーキンの背中を擦ると、名前を抱き締めるバーキンの腕に力が籠った。