The Evil Creator2

バーキンと名前の一騒動後も、バーキンは新ウィルス開発の研究を続けていた。ただし、名前のことで懲りたのか、ストレスで癇癪を起こすことは減っていった。それでも他の研究員がバーキンに休憩を勧めても無視するので、その度にバーキンの研究チームに所属する研究員が、度々名前の元を訪れた。

「頼むよ名前。後でバーキンの所に顔を出して、一緒に休憩してくれないか?」
「それは良いけど……どうしていつも私なの?」
「あいつ、俺達の言うことは全く聞かないが、名前の言うことだけは聞くんだよ」
「……分かった。仕事が終わってから顔を出すよ」

その後名前が自分の仕事を終えてからバーキンの元に向かうと、バーキンは相変わらず研究に没頭していた。

「ウィル、お疲れ」
「名前……」

バーキンは名前の姿を見止めると、仕事の手を止める。

「いつも研究室に籠もり切りなんでしょう?偶には部屋を変えて休憩しよう」
「ええ……それは面倒くさいなあ」

不平を垂れるバーキンを無視し、名前はバーキンの腕を引いて強引に休憩室へ連れて行く。名前はバーキンを休憩室のソファに座らせ、コーヒーを淹れた。

「研究は順調に進んでる?」
「……全然」

休憩室の窓から見えるラクーンフォレストの景色をぼんやり眺めながら、バーキンはそう言う。

「でも、最近はウィル落ち着いてきたよね」
「それは……」

バーキンは何かを言おうとしたが、そこで黙り込む。そして、代わりに名前が淹れてくれたコーヒーを口に含んだ。

「うっ……甘いな……」

コーヒーを飲んだバーキンは顔を顰めながら呟く。

「だってウィルは甘党でしょう?」
「確かに甘いものは好きだが……これは甘過ぎだ」
「淹れ直して来ようか?」
「いや……いい」

バーキンはそのまま名前の淹れたコーヒーを飲み干した。そうしてカップをテーブルの上に置くと頭の後ろで腕を組み、ソファの背もたれに寄り掛かる。

「いつぶりだろう……こんな風にコーヒーを飲むのは……」
「ちゃんと眠れているの?」
「仮眠はとってるさ……」
「仮眠だけじゃなくて、ちゃんと睡眠もとらないと倒れるよ」
「寝ている時間なんて、僕には勿体ないんだよ」

暇がない、時間がないという常套句を口にしながらも、バーキンは穏やかな表情をしていた。バーキンのブロンドの髪と碧い瞳がラクーンフォレストに差し込む陽光を受けて、煌々と輝いている。初めて名前がバーキンと出会ってから既に数十年が経過しているが、最初はこのひょろっとした美青年がアンブレラの天才科学者であるとは、名前にはとても想像できなかった。

「……本当、昔から名前は心配性だなあ」
「私は普通のことを言っているだけだよ」

名前の言葉に、バーキンはフッと微笑む。

「今だから言うけど、名前のそういうお節介なところ、最初はうざったいと思っていた」
「……ちょっと、うざいって何よ!」

名前がバーキンの肩を叩くと、バーキンは「いてっ」と言いつつ名前を宥める。

「おい、落ち着けって!最初はうざかったって言ったんだよ。今は違う!今は……感謝してる」

名前にそう話すバーキンの顔は見る見る赤くなっていく。

「名前が心配してくれなかったら……僕は今頃、死んでいたんじゃないかと思う……」

バーキンは一度疑問を持ち出すと、その疑問が解けるまで、倒れるまで研究を続ける癖があった。そういうときにバーキンを落ち着かせたのは、幹部養成所時代から同僚の名前とウェスカーだった。名前とウェスカーは度々強制的にバーキンを研究室から引っ張り出し、適度に休憩を取らせるようにしていた。

「最初は分からなかったんだ。名前がどうしてライバルのことを心配するのかって。何か裏があるんじゃないかと思っていた」

アークレイ研究所に勤務する研究者達はB.O.W.の開発という同じ目的の元で活動しているが、同時にライバルでもある。名前のように純粋にB.O.W.の研究が出来れば良いという研究者も居るが、いかにライバルを蹴落とし、自分が幹部、ひいてはアンブレラの上層部に上り詰めるかを考えて行動する研究員も多い。下手をすると、ライバルから貶められて研究所から追放されることもあった。
天才、狂者、狡猾な者だけが生き残るアークレイ研究所においては、たとえ同僚やチームといっても油断ならない間柄だった。特にバーキンは養成所時代からアンブレラの最年少天才科学者として知られていたため、やっかみや嫉妬を受けて嫌がらせに遭うときがあった。嫌がらせを受ける度、バーキンの他の研究者に対する警戒心は強くなっていた。そして、そんなバーキンの警戒心を解いていったのも、名前とウェスカーだった。

「あの頃のウィルは今とは全然違かったね。すごく人を警戒して、必要なことしか話さなかったし」
「僕はもうはっきり憶えてないけど……うん、そういう感じだった気がする」
「今でも研究に没頭する癖だけは、治っていないけどね」
「ああ……気を付けるよ」

バーキンはそう言うと、名前の膝の上にゴロンと頭を乗せる。

「え?……ウィル?」

突然のことに名前が慌てた声を上げると、バーキンは不敵な目をして名前を見挙げる。

「何だよ。休めって言ったのは君だろう?」

バーキンは悪戯好きな少年のように口の端を吊り上げる。だが、彼の碧眼は妙に艶めかしい光を帯びていて、名前は思わず頬が熱くなる。赤くなった名前を見たバーキンはクスリと笑い、名前の頬をつねる。

「痛いよ」
「顔、真っ赤だよ」
「ウィルがつねっているからでしょう」
「……フフ、どうだかね」

名前が照れ隠ししていることを内心面白がりながら、バーキンは名前の頬から手を離し、静かに目を閉じる。

「…………」
「…………」

そのまま数十分バーキンは目を開けず、暫くすると名前の膝の上で穏やかな寝息を立て始めた。
名前はバーキンを起こすのは悪いと思い、ただバーキンの寝顔を見詰める。長い睫毛が白い肌に影を落とし、ブロンドの髪はサラサラとして金色に輝いている。こうして改めて見ると、バーキンは本当に美少年のようだと名前は思う。実際はもう少年という年齢ではないが、バーキンの持つ雰囲気がそう見えさせるのだろうか。

研究に付きっきりのため碌に食事も取らず、外出も滅多にしないため、バーキンはほっそりとした体躯をしている。背はスラリと高いので、外見だけ見ればファッション誌のモデルも飾れそうなスタイルをしていた。ウェスカーも背は高く、一見すると体躯も細く見えるが、学生時代にフットボールに打ち込んでいたためか、バーキンとは違いがっしりとした男らしい体つきをしている。

「やっぱり、科学者には見えないな……」

バーキンの無垢な寝顔を見ていると、名前も何だか心が洗われるようだった。バーキンの寝顔を見ているうちに、次第に名前も瞼が重くなるのを感じ、そのまま眠りについた。

―――――

「う、ん……」

バーキンが目覚めたとき、外は既に日が暮れていた。ぼんやりとした思考の中で腕時計を見ると、時刻は既に夕方の5時だった。休憩室を訪れたのが午後2時頃だったので、3時間は寝ていたことになる。

バーキンが腕時計から目を上げると、そこには眠りに就いている名前の姿があった。バーキンは起き上がると、名前の寝顔を見てクスリと笑う。

「名前」

バーキンは名前に呼び掛けるが、名前が起きる様子はない。

「名前、起きなよ」
「ううん……」

バーキンに体をゆすられて、名前は眠そうな声を上げる。

「名前、起きないと襲うよ」

バーキンの変態的な呼び掛けにも、名前は起き上がる様子はない。

「……仕方ない」

バーキンはソファから立ち上がると、そのまま名前の体を抱え上げる。バーキンは名前を抱えたまま休憩室を出て、廊下を歩き始めた。

「……あれ、バーキン博士?」

廊下の向こう側から歩いてきた研究員に呼び掛けられ、バーキンは足を止める。彼はバーキンの研究チームに所属する研究員だった。バーキンは名前の寝顔を眺めたかったので、呼び掛けられたことに内心舌打ちしていた。

「名前さん、どうかされたんですか?」

バーキンの腕の中で未だ微睡む名前を見て研究員は尋ねる。すると何かを思い立ったのか、悪戯好きなバーキンはニヤリと薄笑いを口元に浮かべる。

「ああ、名前は僕が個人的に進めている研究に協力してもらっていてね……疲れて眠ってしまったようだから、彼女の部屋へ運んで行くところなんだ……」
「えっ……」

バーキンの言葉を聞いた研究員は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに乾いた笑い声を上げる。

「ア、アハハ……博士は相変わらずお忙しそうですね。それでは、急ぎの用がありますので……」

研究員はそう言いながら、慌てたようにバーキンの前から立ち去る。バーキンは研究員の後ろ姿を見てクスリと笑う。

バーキンの言葉をどう受け取ったのかは、研究員本人にしか分からない。バーキンの言葉を額面通り受け取ったならば、バーキンと名前が一緒に仕事をしていたと考えるだろう。だが、バーキンの怪しい笑顔と共に語られた「研究」という言葉は、名前を実験体にして恐ろしいことをしているようにも捉えられた。

バーキンがそのまま廊下を歩き続けていると、バーキンの歩調で目が覚めたのか、名前の瞼が開く。

「バーキン、何で……」

バーキンに抱えられていることに気付いた名前がそう尋ねる。

「何でって、僕が起こそうとしても起きなかったから……運ぶしかないと思って」
「そっか……ありがとう」

名前はバーキンに降ろしてもらうように頼んだが、バーキンは名前を抱えたまま歩き続けた。

「駄目だよ。お寝坊さんは……お仕置きしないとね」

バーキンはそう言って名前の瞳を覗き込み、妖しい笑みを浮かべる。

「バーキン……ちょっと、勘弁して!」

名前はバーキンの腕の中で身を捩るが、バーキンはそれを抑え込むように名前を抱える腕の力を強める。

「何だよ。君の研究室まで運んでやっているのに、そんなに僕に抱えられるのが嫌?」

バーキンの言葉を聞いた途端、名前の動きが止まる。

「い、いえ……私は、てっきりバーキンに実験体にされるんじゃないかと……」

名前の言葉を聞いたバーキンは、呆れたようにため息を吐く。

「……あのさあ、いくら僕が研究好きって言ったって、名前まで解剖する訳ないでしょ」
「だって、バーキンならやり兼ねない感じがするし」
「ハア……全く失礼してくれるねえ」

非道徳な研究を重ねておきながら、バーキンはその行為を棚に上げるよう名前に向かって失礼だという。

「というか名前って、ムードのない解釈をするね」
「?」
「男に抱え込まれてお仕置きだなんて言われたら……女だったら別の想像すると思うんだけど?」

バーキンの言葉の意味を汲み取った名前の顔が見る見る赤くなるのを見て、バーキンは意地の悪い笑みを浮かべる。

「……ま、そういう名前の鈍感なところが僕は好きだけどね」
「す……好きって」

滔々と恥ずかしげもなく話すバーキンの言葉を聞いて、名前はただ俯くことしかできなかった。

バーキンは名前の研究室に到着すると、名前の体を降ろしてやる。

「ありがとう、バーキン」
「今日は名前の面白い寝顔が見られて楽しかったよ」

バーキンがそう言うと、名前は恥ずかしそうに顔を顰める。

「人の寝顔をじろじろ見るなんて、変態」
「僕が変態だなんて、今更でしょ」

変態と言われてサラリと肯定できる男性を、名前はバーキン以外に知らない。

「僕は変態だから色んな発想が生まれるし、こうして科学に没頭出来るんだよ」
「そういうものなのかなあ……」

バーキン独自の哲学を聞かされた名前が真剣に考え込む姿を見て、バーキンは苦笑する。

「変態について真剣に考え込むなんて、やっぱり名前も変な科学者だなあ」
「変なって何よ。失礼ね」

名前もアンブレラに所属する研究員だけあり、普段からこだわりや深い思考を巡らせる点が少し変わっている。普通の人が笑い飛ばしたり、気にも留めないようなことを、真剣に考え始めたりするのだ。
バーキンは名前と出会ったときから、そのことに気付いていた。そうした繊細な感覚があるからこそ、名前はアンブレラの研究員としてやっていけるのだろうとも思っている。

「……昔から、君と居るときだけ、僕は研究者で居ることを忘れられる」
「何か言った?」
「……いや、何でもない。それじゃあね」

バーキンは白衣のポケットに手を突っ込み、名前の研究室を後にする。自分の研究室へ向かう途中、バーキンは久しぶりに穏やかな表情を浮かべていた。



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