Overture to Rebirth2

ウロボロスと一体化したウェスカーは触手を手足のように操り、クリスとシェバを攻め立てる。クリス達も銃で対抗するものの、全身をウロボロスに覆われたウェスカーは撃たれてもびくともしない様子で、ジリジリと二人を追い詰めていた。

その間に、気絶していた名前がふと目を覚ました。

「……アルバート……何処?」

やっとウェスカーのことを思い出した名前は、ウェスカーだけではない、バーキンのことも、研究所での日々も、何もかもを思い出していた。

「…………」

だが、一つだけ分からないことがある。スペンサーの命令に背き、自らにT-ウィルスを打って死んだ筈の自分が、何故こうして生きているのか。

「痛っ……」

名前は起き上がろうとしたが、クリスに撃たれた腹部の傷が痛み、思わず呻く。
何とか上半身だけを起こしてみると、辺りは見たこともない場所だったが、溶岩流の間を走る二人の男女をウェスカーが追っているのが目に入った。

名前は愕然とした。ウェスカーの姿は、先程とは違う人間でないものに変わっている。名前にはウェスカーの体にまとわりつく触手のような生物が何か分からないが、それを自在に操っている様子からして、恐らくウェスカー自身が開発し、自らにそれを使ったのではと思った。

「ウェスカー……」

怒りの形相でウロボロスを鞭のように扱うウェスカーを、名前は哀れむような目で見た。

名前は、かつてスペンサーからウェスカーにT-ウィルスを投与するよう命じられたとき、ウェスカーの身の上について話を聞いていた。生まれながらウェスカー計画の被験体に選ばれ、あらゆるウィルスを、本人も気付かぬまま投与されて成長していったことを。

ウェスカー計画の生き残りは、ごく少数だとスペンサーは言っていた。中でも優秀なアルバートのことをスペンサーは誇らしげに思っていたようだが、名前には彼が不憫に思えてならなかった。

いくらウェスカーが優れた体質を持っているとはいえ、T-ウィルスを投与されれば、やがて彼も化け物になってしまうのではと思うと、名前はスペンサーの命令には従えなかった。

だからこそ、名前はその命令に背いて自らにT-ウィルスを打った。スペンサーの命令に従わなければ、どの道殺される。逃げても無駄だ。ならばこうするしかないと思い、選んだ選択だった。

自分一人背いたところで、スペンサーはどのような手を使ってでも、ウェスカーにウィルスを投与させることも名前は分かっていた。だが、名前は自分がその加害者になるのだけは耐えられなかった。

しかし目の前で起こっている現状を前に、結局彼の運命はウィルスと共にある定めだったのかと名前は思う。

「アルバート……どうして……」

選ばれた肉体を持ったが故の不幸……否、彼にとっては幸福なのだろうか。

だが、目の前で怒り狂い、戦うウェスカーの姿を見ていると、名前にはウェスカーが幸福だとはどうしても思えない。

ウェスカーを見る名前の目に涙が滲み、零れ落ちた雫が、地に落ちた瞬間にジュッと音を立てた。

「何……?」

名前は地に落ちた涙の跡を見る。涙が落ちた場所には、小さな氷の柱が立っていた。
名前はその氷に触れてみる。

「冷たくない……」

何故か分からないが、名前は冷たさを感じなくなっていた。更に、名前が氷に触れ続けていると、氷がビシビシと音を立てて名前の手に絡みついてきた。

驚いた名前の悲鳴が辺りに響き、それを聞いたウェスカーは名前のいる方角を見た。そこには氷に全身を包まれ、倒れている名前の姿があった。

「名前!」

ウェスカーはクリスとシェバを追うことを止め、ウロボロスをバネのように利用し、名前の方へ跳んでいく。

ウェスカーは気絶している名前に近付いたが、ウロボロスが温度変化に弱いため、ウェスカーは名前に触ることができない。

「何が起こったんだ……!」

不測の事態にウェスカーも焦りを覚えたが、名前に苦しそうな様子はない。
よく見ると、氷は名前を中心に周囲の地面まで広がっており、まるで名前の体内から発せられているように見える。

すると、氷の一部が名前の腹部の傷に向かって密集していく。
ウェスカーがそれに気付いたとき、名前は目を醒ました。

「ウェスカー……」
「名前……お前は……」

氷は名前の腹部の傷を止血しているようだった。まるで意思を持つように名前の身体に纏わり付くそれが、ただの氷でないことは一目見れば分かる。

「これは、どういうことなの……」
「名前……詳しいことを話す時間はないが、お前はウィルスの作用で特殊な体質に変異した可能性がある」
「特殊な体質?」
「ああ。俺はバーキンとお前を生き返らせるための研究を続けてきた。結果、お前はこうして目覚めた。だが……その特性までは計算外だ。その氷はお前の体から生成されているらしい」

名前を蘇生させるため、今まで名前には様々なウィルスや、抗体を持つ人間の輸血などを投与してきた。研究所でジルの血液を名前に輸血したのも、あらゆるウィルスに強い体質を持つ、彼女の血の力を利用しようと考えたためだった。

氷は、ウィルスの活動を抑制する作用がある。氷の特性は、恐らくゾンビ化して名前の体内で活発になっていたT-ウィルスの活動を抑えるため、名前の体質に加えて投与してきたウィルスや抗体が作用した複合的な結果と考えた。

「ウェスカー!」

ふとクリスの声がして、ウェスカーはそちらを見る。そこには銃を構えるクリスの姿があった。

銃声が鳴り響くと同時に、ウェスカーはクリスが放った弾丸を避ける。

「名前。お前は隠れていろ」

体の変化についていけない様子の名前を、ウェスカーは近くの岩陰に隠す。そして、再びクリスとシェバの方へ向かっていった。

―――――

ウェスカーの攻撃に苦戦を強いられていたがクリスとシェバだったが、徐々にウェスカーも体力を消耗し始めていた。ウロボロスに適合する体であるとはいえ、ウロボロスを自分の意思で操るには、高い集中力が必要だった。

このまま意識が尽き果て、ウロボロスに意識を呑み込まれれば、それは死を意味する。

それに、ウロボロスに体が覆われていようと無敵という訳ではない。クリス達から受ける攻撃からも、少しずつ体力を奪われ始めていた。

それらの負担がウェスカーの肉体と精神を疲労させ始めていたが、クリスへの恨みと執念が、ウェスカーにそれらを忘れさせていた。

冷静さを欠いたウェスカーの隙を突くように、ウェスカーの心臓部目掛けてシェバが銃口の狙いを定める。

そのとき、何かがシェバ目掛けて飛んできた。シェバはそれを避けたが、壁に刺さったそれは、氷柱のようなものだった。

シェバが辺りを見回し、一点に目をとめる。そこには名前が立っていた。

名前はシェバに向かって掌を向けていた。その手は人間の手ではなく、氷のようなものが纏わりついているように見える。

名前がシェバに向かって歩き出すと、歩いた跡に鋭い氷の柱が生まれていく。

名前の着ている白いワンピースがハラリと床に落ちる。その体は絶対零度の血が流れるように蒼白く、やがて氷が名前の全身を覆い、結晶を纏ったような姿に変わった。

「やはりのウェスカーの仲間だったか!」

名前の変異を目にしたクリスが言う。

名前の手から、氷柱が繋がったようなものが現れる。それは腕と一体化していた。名前が腕を振ると、氷柱がクリス目掛けて飛んでくる。クリスはそれを避けた。

クリスが避けた氷柱は、溶岩に熱せられた大岩に突き刺さった。氷柱は溶けるどころかバキバキと音を立てて、大岩を覆うように瞬く間に凍らせていく。

「シェバ、気をつけろ!ただの氷じゃない!」

名前がクリスとシェバに向かって攻撃を始めると、すぐにウェスカーが名前の元へ来た。

「名前!」
「ウェスカー……私も戦わせて」
「駄目だ。お前は隠れているんだ」

ウェスカーと名前が話している間に、クリスとシェバはウェスカー達から距離を取るように後退していく。

「まだ傷も癒えていないだろう。これ以上お前を傷つけさせたくはない」
「怪我ならもう平気よ。血も止まっているわ」
「名前。お前はまだ意識を取り戻したばかりで、無理をするのは危険だ」
「……あなたは今日まで私を守ってくれた。これ以上守られてばかりいるのは嫌よ」

名前の真剣な目の光を、ウェスカーは見詰める。

「……分かった。だが、闇雲にその力を使うのは危険だ。俺の援護を頼む」
「分かったわ」

実際は、ウェスカーもウロボロスに意識を飲み込まれないよう集中することに精一杯だった。だが、世界征服への野望と、それを阻み、名前に怪我を負わせたクリスへの怒りで、まだ自我を保つことができている。

だがそのことは口に出さず、ウェスカーは離れた距離にいるクリスに目を向けた。ウェスカーはウロボロスの触手を利用して跳躍すると、一気にクリスとの距離を詰める。

「くっ!」
「終わりだ……クリス!」

長い因縁が、遂に決着を迎えようとしていた。

―――――

名前は氷柱を自在に繰り出し、クリスとシェバに迫っていくウェスカーを掩護した。

銃も碌に扱ったことがない名前だったが、身体能力がウィルスで強化されているためか、赴くままに氷柱を操ることができた。

名前の手から放たれる氷柱の弾丸に阻まれて、クリスとシェバはウェスカーに狙いを定めるどころか、避けるので精一杯だった。

「クリス!あの女は私が引き付けるわ。あなたはウェスカーに集中して!」

このままでは埒が明かないと判断したシェバが名前の方へ向かっていく。

名前の身体を覆う氷は弾丸を弾き返すほど強靭だった。そこで、シェバが名前に向かって威力の高いグレネードランチャーを撃っていく。

名前はそれを俊敏な動作で避け続けたが、代わりにウェスカーへの注意が逸れていく。

そのおかげでクリスはウェスカーの弱点を狙いやすくなり、集中的に攻撃できるようになった。

「くらえウェスカー!」

クリスの銃撃をウェスカーはウロボロスの触手で受け止めつつ、クリスに向かって触手を伸ばし攻撃する。

「ぐっ!」

ウロボロスの触手がクリスの腕や脚に絡みつく。ウェスカーが触手を引きクリスの体勢を崩そうとするが、クリスも引きずられないよう対抗する。

クリスは触手に四肢を縛り付けられそうになったが、両腕の力を振り絞り、ライフルを構える。

ウェスカーがクリスの心臓を目掛けて触手を突き刺そうとするのと同時に、クリスの持つライフルが銃声を上げた。

「……うっ!」

クリスが撃ったライフル弾がウェスカーの心臓に命中し、ウェスカーがその場に膝を突く。ウェスカーは体力の消耗も限界に近付き、意識も正気と狂気の狭間を彷徨い始めていた。

「アルバート!」

ウェスカーの異変に気付き、名前の意識が逸れた瞬間を見逃さず、シェバは名前に銃口を向ける。シェバが撃ったグレネードランチャーが名前に命中し、身体を覆う氷が剥がれた。

すぐに氷は回復しようとするが、シェバが立て続けに弾丸を撃ったので、名前の身体は吹き飛ばされ、背後の岩壁に叩きつけられた。

その衝撃音に、ウェスカーはふっと意識を取り戻す。

「名前!」

ウェスカーは名前の元へ向かおうとしたが、思うように体が動かない。

「クリス!後はウェスカーだけよ!」

シェバの声を聞いたクリスの目が、ウェスカーを見据える。

「お前の野望も、ここで終わりだ」
「おのれ……!!」

ウェスカーがクリスの方へ腕を伸ばすと、その腕に絡みつくウロボロスがクリス目掛けて伸びていく。だが、クリスはそれを避けてウェスカーの心臓に狙いを定める。

「アルバート!!」

そのとき、ウェスカーには名前の声が聞こえた。そして、氷柱の弾丸がクリスに向かって飛んでいく。

「クリス!危ない!」
「!」

シェバの声を聞いたクリスは咄嗟にその氷柱を避ける。そして、すかさず放った弾丸がウェスカーの心臓を撃ち抜いた。

「ぐっ……!!」

限界の状態で攻撃を受け、遂にウェスカーはその場に倒れた。

「アルバート!!」

名前はウェスカーの元へ向かおうとしたが、シェバから受けた榴弾の傷で、その場から攻撃するのが精一杯だった。
ウェスカーが動かなくなると、クリスは名前の方へ向かっていく。

「貴様ら……!!」

ウェスカーが呻くように声を上げ、クリスは立ち止まる。

「あの女に、手出ししたら……ただでは済まさん……」

クリスはウェスカーを黙って見下ろす。その目には、僅かだが哀れむような色が浮かんでいた。

「彼女をどうするかは……本人の考え次第だ」

クリスはそう言うと、シェバと共に名前の方へ向かっていく。
名前は地に仰向けに倒れていた。榴弾が腹部に当たったらしく、そこから血が流れ出している。ウェスカーが倒れたことで気力を失ったのか、体を修復する能力も使えないようだった。

「お前はウェスカーに利用されたのか?」

クリスが名前に向かって尋ねる。

「違う……ウェスカーは、私を助けようとしてくれたのよ」
「助ける?」
「私は、アンブレラの元研究員よ……そこでアルバートと一緒に働いていたわ……けれど、上からの命令に背いて、私は一度死んだの……」

クリスとシェバは、名前の話に耳を傾けている。

「そして、私を生き返らせるために……アルバートは長い間、研究を続けてくれた……だから、私はこうして生きているのよ……」
「それでウェスカーを助けようとしたのね?」

シェバの問いに、名前は頷く。

「アルバートは……私のために、きっととても苦労したと思うわ……だから、私も彼の力になりたかった……」

名前の話を聞き、クリスはウェスカーにもまだ人の心はあったかと内心思った。

「アンブレラは製薬企業を騙った犯罪組織だ。そこに所属していたお前の罪も、許されるものではない」

クリスは今までアンブレラに関わる人間を見てきたが、誰もが人の皮を被った悪魔のようだった。良心の欠片もなく、倫理も道理も関係ない。ウィルス開発に没頭し、絶大な力を手に入れようとする、そういう連中だった。

だが、何故なのか。名前の話し方や雰囲気からは、不思議とそういうものが感じられなかった。

「殺したければ、殺せばいいわ……」

名前が言う。

「アルバートが倒れた以上、あなた達と戦う意味はない……」
「…………」

クリスとシェバは黙って名前を見下ろしていたが、ふとクリスが背を向けて歩き出す。

「クリス?」

シェバがクリスの後を追う。

「放っておこう」
「でも……」
「彼女が嘘をついているようには見えない。それに、あの傷からして……もう助かる見込みはない」
「…………」

そのとき、上空からバラバラとヘリコプターの羽音が聞こえ、クリスとシェバは空を見上げる。

「クリス、シェバ!早く乗って!」

そう言ってヘリコプターから梯子を下ろしたのはジルだった。クリスはシェバに梯子を上らせると、周囲の様子を警戒しつつ、自分も梯子を上る。

クリスは倒れているウェスカーと名前に目をやる。ウェスカーが倒れている周辺には溶岩が流れ込み始めていた。

もうウェスカーに会うことはないだろう。クリスはそう思いながら、ヘリに乗り込み火山帯を後にした。

―――――

「……うっ……アルバート……」

クリスとシェバが去った後、名前は少しずつ体を動かし、這うようにしてアルバートの方へ向かっていた。

徐々に地形が変化してきており、ウェスカーの倒れている辺りに溶岩流が迫っている。

「アルバート……!」
「名前……」

変異が静まっているのか、ウェスカーは人間の姿に戻っていた。
ウェスカーは名前の頬に手を伸ばす。

「すまない……お前を、守ってやれなかった……」

名前は頬に触れるウェスカーの手に、自分の手を添えて首を振った。

「いいえ……いつも私は守ってもらってばかりだった……私こそ、何もしてあげられなくて、ごめんなさい……」

名前の目から涙が零れ落ちる。

「名前……」

ウェスカーの腕が名前を抱き寄せる。

「今の俺には……こうすることしかできない……」
「アルバート……」

名前がアルバートの手を強く握る。ウェスカーもその手を握り返し、目を閉じた。名前も目を閉じると、繋いだ手から二人の身体が氷に包まれていく。氷塊に閉じ込められた二人は、そのまま溶岩流の下へ沈んでいった。