バーキン主導の新ウィルス開発が始まって七年後。
ある日、久しぶりに研究で缶詰め状態だったバーキンの方から名前の元を訪れてきた。
「名前!」
「ウィル?どうしたの?」
暫く見なかったバーキンの来訪に驚いた名前に対し、バーキンは名前の方に駆け寄ったかと思うと、嬉しそうに思い切り抱きついた。
「なっ……何!?」
「やった!ついに完成したんだ!!」
名前から体を離すと、バーキンは興奮した様子でそう言う。徹夜していたのか、バーキンの目は爛々と輝いていたものの、その目の下にはまたしても濃い隈が出来ていた。
「新ウィルスだよ!」
バーキンの言葉の意味を悟った名前は、総毛立つのを感じた。遂に、バーキンは新ウィルスを完成させたらしい。
「上層部に報告はしたの?」
「まだだよ」
「それじゃ、早く伝えないと」
「とにかくついてきてくれ!」
バーキンは名前の言葉も聞かず、名前の腕を引いて自分の研究室へ連れて行く。研究室に入ると、バーキンは名前に新ウィルスの入ったサンプルを見せた。
「これが……新ウィルスなの?」
「ああ、そうだ」
バーキンに見せられた新ウィルスのサンプルを、名前はただ見詰めていた。
「僕はこれをGと名付ける」
「G?」
「そう……GODだ」
「神」と名付けるからには、開発したウィルスに対して相当の自信があるのだろう。そう思った名前はバーキンに疑問を尋ねる。
「GはT-ウィルスと何が違うの?」
「T-ウィルスは新陳代謝を促進させる作用があり、それによって被験体の回復能力を発達させるが、代わりに大脳組織の壊死による知能低下が見られた。G-ウィルスは、被験体そのものの遺伝子に変化を齎し、その後も無限に変異・強化を繰り返していく作用がある」
「……つまりG-ウィルスは、T-ウィルスよりも強力なB.O.W.を生み出せる可能性があるということ?」
「その通り」
G-ウィルスを見るバーキンの目は光り輝いていた。
「僕はこのG-ウィルスをベースに、新たなB.O.W.の開発を始める」
「すごい……すごいよウィル!」
名前の称賛を聞いたバーキンは、ホッと嬉しそうな表情になる。
「良かった……そう言ってくれて。新ウィルスを開発したら、君に一番に見せたいと思っていたから」
「ウィル……」
バーキンは名前の手を包み込みように握り、真っ直ぐに名前の瞳を見据える。
「僕は約束するよ……名前。僕は、これまでにない強力なB.O.W.を開発してみせる。だから……」
バーキンは真剣な瞳で名前を見詰める。
「僕はやり遂げて見せるから……どうか、見守っていてほしい」
「う、うん……」
そうして名前といくつか会話を交わし、彼女が去った後、G-ウィルスのサンプルを見ながらバーキンは一人呟く。
「……名前。僕が新たなB.O.W.を開発したら、そのときは僕と……一緒に生きてほしい」
―――――
「バーキン博士。G-ウィルスをこちらに渡してもらおう」
アークレイ研究所がバイオハザードの影響で使用できなくなった後、バーキンはラクーンシティ地下にある研究所でG-ウィルスをベースとしたB.O.W.の開発を続けていた。だが、最近バーキンとアンブレラ上層部はG-ウィルスの所有権について揉めており、そこへハンク率いるアンブレラ特殊部隊U.S.S.が突入した。
「全く、アンブレラの上層部はしつこいねえ……」
「大人しくG-ウィルスを渡せば、あなたの身は我々が保護する」
ハンクがバーキンとの交渉に及ぼうと、バーキンに対して和睦の言葉を掛ける。
バーキンの研究は強力なB.O.W.を生み出す可能性を期待されていたが、G-ウィルスが無限の進化・変異を繰り返す性質は「安定した生物兵器の開発」というアンブレラの意向に相応しくない、リスクの高いウィルスと判断され、アンブレラはG-ウィルスの研究停止をバーキンに求めていた。
しかしバーキンはアンブレラの要請を拒否し、G-ウィルスの研究に没頭し続けた。そして研究資金を用立てるため、アメリカ合衆国政府と独自に交渉しようとG-ウィルスのサンプルを持って逃げ出そうとしたバーキンを、G-ウィルス回収部隊としてU.S.S.が足止めしていた。
「僕のG-ウィルスは誰にも渡さないよ」
「……ならば、力尽くでも引き渡してもらう」
逃走しようとするバーキンを、U.S.S.隊員が容赦なく銃で撃ち抜く。足を撃たれたバーキンは、走り出そうとしたところをその場で転倒した。
「くっ……!」
バーキンは護身用の銃を白衣のポケットから抜き出そうとしたが、それを見逃さなかったハンクはバーキンをマシンガンで撃ち抜いた。
「うああああっ!!」
全身を撃ち抜かれたバーキンの白衣は見る見る血塗れになり、バーキンはその場に倒れた。バーキンが手放したG-ウィルスのサンプルが入ったジュラルミンケースを、U.S.S.の隊員が素早く回収する。
「こちらU.S.S.、ウィルスサンプルの回収に成功した。今より帰還する」
ハンクが本部へ連絡を入れると、G-ウィルス回収部隊はバーキンを置いてすぐに撤退する。
「うっ……」
取り残されたバーキンは、無数の銃弾に撃たれたショックで暫く身動き出来ずにいた。気を抜けばそのまま死んでしまいそうだったが、G-ウィルスへの執念がバーキンの精神を奮わせていた。
バーキンは痙攣する手で白衣のポケットから注射器を取り出す。それは、G-ウィルスのサンプルが入った注射器だった。バーキンにとっては不幸中の幸いか、そのサンプルは無事だった。
「G-ウィルスよ……僕に、力をくれ……」
瞼を閉じるバーキンの脳裏に、ふと名前の姿がよぎる。G-ウィルスを投与すれば、全ての記憶を失うかもしれない。だが、何もしなければ確実にこのまま自分は死ぬ。覚悟を決めたバーキンは、G-ウィルスのサンプルを自分の腕に投与した。
「ううっ……!!」
今まで感じたことのない感覚がバーキンの体を襲う。瞬く間にウィルスが全身を廻る痺れ、頭がはち切れるような凄まじい衝動、体に力が漲る感覚……
―――――
「ウォオオオオ……!!」
「何だ!?」
G-ウィルスのサンプルを無事回収し、本部へ帰還途中だったU.S.S.は凄まじい獣のような叫びが背後から迫ってくるのに気付いた。
「あれは……?」
隊員は全員銃を背後に構える。すると、暗闇から巨大な人影が現れた。それは物凄い勢いでU.S.S.の部隊に突撃してくる。隊員達が発砲するが、巨大なそれは銃弾をものともせず、次々に隊員らを撲殺、絞殺していく。暴れ回る衝撃で周辺の建物が崩壊し、爆発が発生、辺りは炎に包まれた。
G-ウィルスのサンプルは、ジュラルミンケースを持っていた隊員の死体ごと、化け物の背後に吹き飛ばされていた。気付けばほんの一瞬にして、隊長ハンク以外のU.S.S.隊員は全員死亡していた。
絶体絶命の状況の中、ハンクはサンプルを取り返すため逃走することなく銃を構え化け物に立ち向かったが、凄絶な力で壁に吹き飛ばされ、一瞬意識を失いかけた。敵う相手ではないと悟ったハンクはそのままじっと動かずにいた。任務の目的はG-ウィルスサンプルの回収。どんな手を使ってでも、サンプルだけは持ち帰らなければならない。
最早ハンク達に興味を失ったのか、化け物はそのまま建物の出口へ向かって行く。そのとき、ハンクは見た。炎の明かりに照らされた巨大な化け物の正体は、バーキンだった。ハンクはそれで、バーキンが自分にG-ウィルスを投与したことを悟った。
バーキンが立ち去ったのを見計らうと、ハンクは静かに立ち上がり、G-ウィルスのサンプル回収に向かう。ジュラルミンケースは壊れていたが、側にG-ウィルスのサンプルが一つだけ転がっていた。
ハンクがそれを手にしたとき、今まで動かなかったU.S.S.の隊員達がズルリと起き上がる。隊員達は呻き声を漏らし、ハンクの方へ向かってきた。
「これは……」
異様な雰囲気に気付いたハンクは、ジュラルミンケースを確認する。すると、G-ウィルスと一緒に入っていたT-ウィルスのサンプルが入ったケースが壊れていた。
たった今、バーキンによってT-ウィルスのサンプルケースが破壊されたことで、死亡した隊員達がT-ウィルスに感染したのだとハンクは気付いた。ワクチンは見当たらなかった。現状を打破する術のない今、ハンクはすぐにその場から撤退し、本部への帰還を急いだ。
―――――
その後、漏洩したT-ウィルスはネズミを媒介として、アンブレラ地下研究所の地上にあるラクーンシティ全域に広まった。ラクーンシティは数時間にして、ゾンビが街を徘徊する地獄絵図に変わった。
「これは……どういうこと?」
ラクーンシティを訪れていた名前は異様な街の状態を前に呆然とした。アークレイ研究所閉鎖後、名前達を巻き込むまいと思ったのか、書き置きを残して消えたバーキンを追って、名前はウェスカーと協力しながらバーキンの行方を捜していた。
名前とウェスカー宛てに残されたバーキンの書き置きには「いつか必ず戻る」と書かれていただけで、行方の手掛かりになるものは何もなかった。
そして、バーキンがラクーンシティでG-ウィルスの取引に向かっている情報をウェスカーが掴んだため、名前はウェスカーと共にラクーンシティにやって来た。
「これじゃまるで……アークレイのときと同じじゃない……」
ラクーンシティに辿り着いた名前とウェスカーは、ゾンビが徘徊する街の姿を前に、研究所で発生したウィルス漏洩事故を思い出した。
今まで名前達が使用していたアークレイ研究所も数か月前にT-ウィルスの漏洩により、自動爆破装置での破壊が決行された。表向きには原因不明の洋館爆発事故とされているが、その実はB.O.W.開発の証拠を全て抹消するための行為だった。
「もしかして、研究所のウィルスがラクーンシティまで感染したの?」
「いや……ここまで急激に感染者が増えているということは、ラクーン市内でウィルスが漏洩した可能性が高い」
ウェスカーの読み通り、実際にG-ウィルスで凶暴化したバーキンによって、ラクーンシティ全域にバイオハザードが広まったことは間違いない。
「でも、一体誰がそんなことを……」
「これほどのバイオハザードを起こせるのは、G-ウィルスを持ち出したバーキンしか居ないだろう」
「ウィルが?一体何故……」
「理由は分からない……バーキンは上層部とG-ウィルスの所有権について揉めていた。何者かに襲われたときに、誤ってウィルスが漏洩するようなことが起こったのかも知れない。その場合、バーキンも無事でいる可能性は極めて低いだろう」
現実的なウェスカーの言葉に、名前は言葉を失う。バーキンがまだアークレイ研究所に居た頃、上層部から研究停止を要請されてもB.O.W.の開発を強行するバーキンを名前は心配していたが、彼を止めることは出来なかった。
何よりバーキンが初めてG-ウィルスを開発したときの喜びようを知っていた名前は、上層部の身勝手な理由でバーキンの研究が停止されることを良く思っていなかった。
「でも……ここまで来た以上、私はウィルを見つけるまで帰りたくない」
「名前……」
名前の覚悟を感じたウェスカーは、名前に一丁のハンドガンを渡す。
「護身用だ。だが、お前はウィリアムを捜すことに専念してくれ。ゾンビは俺が倒す」
ウェスカーの言葉は、彼が名前と一緒にバーキンを捜してくれることを意味していた。
「アル……ありがとう」
名前とウェスカーは、ラクーンシティを彷徨うバーキンの行方を追った。
―――――
名前とウェスカーは徘徊するゾンビ達を避けるため、なるべく裏道を通りながらラクーンシティを回った。
「ウィル、何処に居るの?」
バーキンの捜索開始から既に数時間が経過しているが、名前とウェスカーが捜し回っても、一向にバーキンの姿は見当たらない。
「ウィル……」
「名前、立ち止まるな。ゾンビに襲われるぞ」
「うん……」
もしかして、バーキンはラクーンシティには居ないのではないか……名前はそう思い始めていた。もしラクーンシティに居るとしても、既にゾンビに襲われている可能性もある。
しかし、バーキンを捜すと決めたのは自分だ。それに、こうしてウェスカーも諦めずにバーキンを捜してくれている。
まだ諦める訳にはいかないと名前がそう思ったとき、何処かから獣の雄叫びのような声が聞こえた。
「アル、今の……」
ウェスカーもその声を聞いたようで、名前を見て静かに頷く。
「行ってみよう」
「ああ」
名前とウェスカーは叫び声が聞こえる方角に向かって走る。すると、路地裏に巨大な人間のようなものが立っていた。思わず立ち竦んだ名前だったが、それが見憶えのある破れた白衣を纏っていることに気付き、ハッとした。
「ウィル……!?」
名前がそう呼び掛けると、巨人は名前達の方を振り返る。それは紛れもなくバーキンの姿だったが、既に人間ではなかった。右目が巨大に変異し、肥大した右腕の一部となっていた。肥大した右手の爪は獣のように鋭く、爪先からは血が滴っている。
「ウィル……そんな……」
バーキンの姿に声を失った名前はその場で固まってしまう。
そして、バーキンは名前の姿を見ると、雄叫びを上げて突進してきた。