クリス、ピアーズ、名前が研究所の脱出経路に入ると、突如研究所のアナウンスが入る。
「施設内に異常発生、崩壊の可能性があります。施設内のスタッフは至急非難してください」
実際に脱出経路の道も次第に崩壊し始めていた。一刻も早く脱出しなければならないが、脱出経路はC-ウィルスの粘液に覆われており、クリスと名前が攻撃しても、それは一向に壊れる様子がない。
「下がっていてください……俺がぶっ壊しますよ……」
ピアーズがそう言って腕を構え、C-ウィルスの粘液に電撃弾を撃つ。すると、それはドロドロと溶けていった。そうして先を進む内に、脱出ポッドが見えてくる。
だが脱出ポッドに辿り着いたとき、体力の限界か、ピアーズが転倒した。
「ピアーズ!」
「うっ……!!……くっ……」
ピアーズの体内で、再び激しいC-ウイルスの発作が現れ始めていた。
「くそっ……!ピアーズ、あと少しだ!!」
苦しそうに呻くピアーズを見て、クリスは励ますようにそう言う。
「行ってくれ……」
ピアーズを支えるクリスと名前の腕をピアーズは離そうとする。
「駄目よ。諦めないで!」
「そうだ。絶対に三人で脱出する!」
クリスが脱出ポッドを起動させる操作を行う間、ピアーズは壁にもたれかかり、名前に支えられながら自分の変異した右腕を見ていた。
「名前……」
「何?」
「俺がここまで来れたのは……お前が居たからだ」
名前は今まで、ピアーズには何時も助けられてきた。どちらかというとピアーズには迷惑ばかりかけていた。それでもピアーズは何も言わず、何度でも名前を助けてくれた。
「お前を、守りたいと思ったから……ここまで、来れた」
「……ピアーズ」
そう話すピアーズは苦しそうに呼吸していたが、その表情は笑っていた。ふいにピアーズが名前の手を左手で握る。
「なあ、あの時の返事……聞かせてくれないか?」
あの時の返事と言われて、名前はピアーズに告白されたことを思い出す。
「今はそれどころじゃない!それは、地上に戻ってからでも良いでしょう?」
「頼む……今、聞かせてほしい」
ピアーズは発作を堪えながら、名前の目を真っ直ぐに見る。ピアーズの強い気持ちを感じ取った名前は、自分の気持ちをピアーズに告げた。
「うん……私も好きだよ、ピアーズのこと」
名前がそう言うと、ピアーズは一瞬驚いたような顔をした後、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「良かった……すっげえ、嬉しい……」
そのとき、脱出ポッドの扉が開く。
「ピアーズ、名前!脱出するぞ」
「ほらピアーズ、もう出られるわよ!」
ピアーズはクリスと名前に支えられながら立ち上がる。ピアーズは支えられたまま、自分の変異した腕を見下ろしていた。
「…………」
クリスと名前がピアーズを抱えて脱出ポッドの中に入ろうとする。だがそのとき、ピアーズが二人の腕を突き離した。そしてクリスと名前を脱出ポッドの中に突き飛ばす。そのままピアーズは脱出ポッドの扉を閉めた。
「……ピアーズ!?何をやっている!!ドアを開けろ!!」
「ピアーズ!!どうして!?」
脱出ポッドの扉に貼り付く二人を、ピアーズは無言で見詰めている。それがピアーズの決断した答えだと気付いた瞬間、クリスは怒りにまかせて脱出ポッドの扉を思い切り叩いた。
「馬鹿野郎、諦めるな!!全員でここを出るんだ!!まだ時間はある!!」
ピアーズは何も言わなかった。ピアーズはそのまま脱出ポッドの操作盤に向かう。
「何をやっている……ピアーズ!!駄目だ、諦めるな!!」
「止めて!!お願いよピアーズ!!」
クリスと名前の声を無視し、ピアーズは脱出ポッドのレバーを押し込んだ。
「止めるんだ!!」
「いやああああ!!」
クリスと名前の叫びも虚しく、脱出ポッドは動き出す。
「ドアを開けろピアーズ!!おい……命令だ!!」
クリスがピアーズを説得しようとしても、ピアーズはもう何も言わなかった。
「止めろ……止めてくれ!!」
もうこれ以上仲間を失いたくないという、クリスの悲痛な叫びが脱出ポッドに木霊する。クリスの悲痛な眼差しを、ピアーズも静かに見詰めていた。まるでその目は、BSAAを頼みますと言っているようだった。
「ピアーズ……どうして?まだ間に合うわ!!」
ピアーズは自分がC-ウィルスに意識を飲み込まれた場合を恐れて、地上に戻るのを拒否したのは明白だった。だが、助かる見込みがないとは未だ決まっていない。
人のことになると我が身のように親切にするのに、どうして自分のことになると、ピアーズは自分を切り捨てる道を選ぶのか。自分の命さえも、捨てるというのか。
そのとき、ピアーズが名前を見た。ピアーズの口が何か言っているようだったが、名前には聞き取ることが出来ない。
「何よ……聞こえないよ、ピアーズ!!」
その内に脱出ポッドが動き始め、研究所から離れて行く。
「ピアーズウウウウウ!!」
クリスと名前は為す術も無く、脱出ポッドの窓からピアーズの姿を見下ろすことしか出来なかった。
「…………」
クリスは強く拳を握る。
また一人、尊い命が失われた……。
その事実が、クリスの胸に重く圧し掛かる。
「…………」
だが、その沈黙も束の間だった。脱出ポッドの窓から、ふと何かが這い上がって来るのをクリスは見た。
「あれは……」
それは、コンビナートで倒した筈のハオスだった。ハオスは脱出ポッドに縋りつくと、クリスと名前を逃すまいと力尽くで脱出ポッドを破壊しようとする。このままでは脱出ポッドごとハオスに押し潰されてしまう。
「くっ……!!」
逃れる術もなく、クリスと名前は死を覚悟した。だがそのとき、深海から一筋の雷光が迸る。それは真っ直ぐにハオスの体を貫いた。ハオスは悲鳴を上げながら脱出ポッドから離れ、そのまま深海の藻屑と消えた。
「今のは……!」
「ピアーズ……」
クリスと名前は、自分達が海上に辿り着くまで、ピアーズが見守ってくれていたと知る。最後まで仲間を想う彼の優しさに、名前は号泣した。
無事に海上に辿り着いた脱出ポッドの扉が開くと、辺りは夕焼けに包まれていた。その眩しさにクリスと名前は手をかざす。今までの争いが嘘のように、海は静かに凪いでいた。
クリスは穏やかな海を見渡す。そうして、自分の掌を見た。その手には何時の間に託されたのか、ピアーズのBSAAの腕章が握られていた。クリスの手の中にある遺品ともいえるそれは、戦いの凄まじさを物語るように血に濡れていた。クリスはその腕章を静かに握り締めると、嗚咽を漏らす名前の肩をそっと支える。
「名前。これはお前が持て」
クリスはそう言って、名前にピアーズの腕章を渡す。
「これは、次代のBSAAを引き継ぐお前にこそ必要だ」
「隊長……これは……」
クリスからピアーズの腕章を託された名前は、腕章を両手で受け取り、涙を流しながらしっかりと胸に抱いた。
そのとき、彼方からバラバラとヘリコプターの羽音が聞こえ、クリスと名前は空を見上げる。司令部が地上に戻ったクリス達の居場所を発見し、救急のヘリコプターを手配したようだった。
「行くぞ」
「……はい」
クリスは名前に手を差し伸べる。名前は涙を拭うと、その手を取った。
―――――
C-ウィルスによるバイオテロ以降、クリスはBSAAアルファチーム隊長として復帰し、名前もクリスの部下として働き続けた。ピアーズの凄絶な最期を目の当たりにした二人は、決してピアーズのことを忘れず任務に当たり続けた。
名前はピアーズの死を悼みながらも、一層任務に励む日々が続いた。そうして懸命に職務に当たる実績が評価され、現在はアルファチームの副隊長にまで昇格している。かつてピアーズが担っていた地位を引き継いだ名前は、その座に甘んじることなくより一層努力し、仲間を家族のように大切にした。
ピアーズの命日になると、クリスと名前は墓参りをし、彼の好きだったレストランで食事をするようにしていた。
クリスと名前はレストランの椅子に座ると、ピアーズの座る椅子も必ず用意した。そのレストランはBSAAの訓練所から近い店でもあったため、店員も事情を知っていることからピアーズの席にも必ず水を置いて行ってくれた。
「隊長がBSAAに戻って来てくれて、ピアーズも今頃喜んでいますよ」
「ピアーズが居たから、今の俺があるんだ」
C-ウイルスの任務以前は記憶喪失で自暴自棄になっていたクリスも、今ではしっかりBSAAの任務をこなしている。
クリスと名前が談笑しながら食事を続けていると、ウェイターが座席にやって来た。
「あの……先程男性が来て、これを渡してほしいと頼まれたのですが……」
ウェイターがそう言って名前にメモを差し出す。名前は礼を言い、折り畳まれたメモを開けた。
そこには「あなたがいてくれて幸せでした。お元気で」というメッセージだけが書かれていた。
「何だラブレターか?」
名前をからかうクリスに、名前は「違いますよ」と言って手紙を見せた。今日がピアーズの命日であるからか、クリスは一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐに苦笑した。
「まさか……な」
「……あの、隊長もピアーズからの手紙だと思ったんですか?」
名前がそう言うと、クリスは考え込む仕草をする。
「そうであってくれれば良いがな」
クリスは口ではそう言っているが、ピアーズは殉職したと思っているようだった。生きているかもしれないと希望を持つことは、未練でもある。
未練を抱えていては前に進めない。そのためにクリスはピアーズの最期を死として区切っているのだということは、これまで名前も感じてきた。
そのとき、レストランにBSAAの隊員が入って来た。ここはBSAA御用達のレストランのため他の隊員が顔を表すのは珍しいことではないが、それはアルファチームの隊員だった。その隊員はクリスと名前の姿を見つけると、そのままテーブルに向かってくる。
「隊長、副隊長。お食事中すみませんが、HQから指令が入りました」
隊員の言葉を聞いたクリスと名前は、顔を見合わせて頷いた。
「ああ。分かった」
「すぐに行くわ」
二人の返事を聞いた隊員は、先に店内を後にする。
「会計は俺がしておく」
「偶には私に払わせてください」
面倒見が良く、日頃から何かと奢ってくれることが多いクリスだが、今日はピアーズの命日で訪れたのだから、クリスに奢ってもらう訳にはいかないと名前はお金を出した。名前の気持ちを汲み取ったのか、クリスはフッと微笑した。
「全く……お前もピアーズに似てきたな」
クリスはそう言いながら懐かしそうな目で名前を見詰めていたが、名前が差し出したドル札をすっと名前の方に戻した。
「今日は俺が払う」
「どうしてですか?」
「ピアーズもお前に金を払わせるようなことはしないと思うぞ」
そう言われてしまった名前は、何も言い返すことができなかった。何も言えないでいる名前を見たクリスは笑顔のまま、名前に言った。
「先に外で待っていろ」
結局クリスに食事代を払ってもらうことになった名前は、クリスに言われた通り先に外で待って会計を済ませるのを待っていた。
「それにしてもあの手紙、何だったんだろう」
名前はウェイターに渡されたメモを鞄から取り出して見る。改めて見返してみるが、宛名も何もない。文字を見てみると、急いで書いたような、走り書きされた文体だった。
そのとき、レストランの物影に誰かの気配を感じた名前はそちらを見る。
そこには、ピアーズによく似た背丈の男性が立っていた。
男性はひらりと身を翻すと、そのまま物影からレストランの裏路地に入る。
まさか……
「待って!!」
名前は男性の後を追って、建物の曲がり角に駆け付ける。
しかし、既にそこには誰もいなかった。
「名前?どうかしたか」
レストランで会計を済ませたクリスが、名前の後を追ってやって来た。
「……いえ、何でもありません」
確かにピアーズを見たのであれば別だが、ピアーズが居た気がしたなどと言えば、クリスの心がまた荒れてしまうと思った名前は黙っていることにした。
「野良猫を追い掛けていたら、裏路地に逃げちゃったんです」
名前がそう説明すると、クリスはほうと言った。
「任務前に猫を追い掛けるなんて、随分と余裕があるな」
「だ……だって可愛いじゃないですか、猫」
名前の苦し紛れの言い訳に、クリスは何も勘繰ることなく笑った。
「ははっ。そのままどっかへ行くなよ」
「行きませんよ!」
クリスはからかうように言うと、名前の頭にぽんと手を置く。
「行くぞ」
「は、はい」
クリスと名前は歩道を歩き始める。名前は少しだけレストランの方を振り返ったが、そこに期待している姿はなかった。
「またいつか……会えるよね」
あの男性がピアーズだったのかどうかは分からない。もしかしたら本当にクリスの言う通り、ただのラブレターの差出人だったのかもしれない。だが、もしもあの男性がピアーズなら、きっと何処かで会える気がしていた。
「名前?」
「!、すみません隊長」
クリスに呼ばれた名前ははっとして、クリスの後を追い駆けた。
「隊長、今回の任務も頑張りましょう!」
「どうした?随分張り切っているな」
ピアーズが守り抜いた世界平和のために、ピアーズが戦い抜いた軌跡を忘れないために、二人は今日も戦い続ける。
―――――
(また会えるよ)
(あのとき、ピアーズもそう言ったのかもしれない)