「名前!!」
ウェスカーが名前の体を引き、バーキンの突進を避ける。
「恐らく……バーキンに自我はもう残されていない」
「そんな……」
「あれだけの変異……バーキンは自分にG-ウィルスを投与したのだろう」
「ウィル……」
名前は自分達に迫ってくるバーキンの姿を見詰める。よく見ると、バーキンの体には無数の銃創のようなものがあった。恐らくバーキンは何者かに襲われ、命を繋ぎ止めるためにG-ウィルスを投与したのだろうと名前は察した。
「バーキンの暴走を止めるには、バーキンを倒すしかない」
「…………」
名前が逡巡している間にも、バーキンはどんどん名前達へ向かってくる。名前は涙を堪え、ウェスカーからもらった銃を構える。
バーキンには死んで欲しくはない。だが、自我を持たず暴れ回るバーキンをこのままにしておく訳にはいかない。
「アルバート、一緒に戦ってくれる?」
「ああ、もちろんだ」
かつての仲間を倒すため、名前とウェスカーはバーキンに向かって銃口を向けた。
ウェスカーが最悪の事態に備えて万端の装備をしていたため、名前が囮になり、ウェスカーがその隙を突いて攻撃を繰り返すという戦法を取って、バーキンと対抗した。
バーキンは暴れる度に周辺の建物を悉く打ち壊し、瓦礫の中から鉄パイプを手にすると、名前に向かってそれを振り回し襲い掛かってくる。名前はバーキンと距離を取りながら、ウェスカーから渡された閃光手榴弾でバーキンの目を眩ませつつ、バーキンの意識を引き付けた。
そうしてウェスカーの攻撃を受け続けて数十分後、遂にバーキンが地に手を着き、そのまま動かなくなった。
「ウィル?」
バーキンの肩は苦しげに上下し、獣のような呻きを漏らしていた。思わず名前はバーキンへ近寄ろうとする。
「名前!油断するな」
ウェスカーに制された名前はその場に立ち止まる。そのとき、バーキンが顔を上げた。
「……名前ッ!!」
「!?」
突如バーキンが名前の名を叫んだので、名前とウェスカーはバーキンを見た。
「……ど、どういうこと?」
バーキンには、まだ自我が残されている?
既に自我を失っていると思っていた名前は途端に混乱した。
そのままバーキンは立ち上がり、名前の方へ向かってくる。
「逃げろ名前!!」
ウェスカーが名前にそう声を掛けるも、名前は動くことができなかった。まだバーキンに自我が残っているのなら、私には、彼は倒せない……。
バーキンが雄叫びを上げながら名前に突進し、その体を巨大な右手で鷲掴みにした。
「名前!!」
ウェスカーの声が遠くで聞こえた。名前は目を閉じる。
名前は死を覚悟した。
だが、いつまでも名前の体がバーキンによって握り潰されることはなかった。
「…………?」
恐る恐る名前が目を開けた瞬間、名前の目には懐かしい目の色をしたバーキンが見えた。そして、名前を掴むバーキンの腕の力が解かれ、名前は床に投げ出された。
「ウォオオオオオ!!」
バーキンは苦しむような叫びを上げ、手にしていた鉄パイプで自分の胸を刺し貫いた。バーキンは口から血を吐き、その場に倒れ込む。
「ウィリアム!!」
名前とウェスカーがバーキンに駆け寄る。バーキンの胸元からは夥しい量の血が流れ、ゼエゼエと苦しげな呼吸をしていた。
「ウィル!!」
「名前……」
バーキンはまだ人の姿を保っている左手で、名前の手を掴んだ。
「頼む……ウェスカーと一緒に、Gを、守り抜いてくれ……」
「何言ってるの!!今はウィルを助けるのが先でしょう!!」
「僕は、もう……駄目だ……」
「まだ間に合う!!」
そう言ってバーキンに止血を施そうとする名前の手を、ウェスカーが止める。そして、静かに首を横に振った。
もう助からない―と無言に告げられたウェスカーの行動に、名前の手はガタガタと震えた。
「……Gを託せるのは……名前と、ウェスカーしか、居ない……」
「でも、サンプルは……何処に?」
「まだ……サンプルは、残っている……」
アンブレラ上層部から研究中止を要請されて以来、バーキンは万が一に備えてG-ウィルスのサンプルを体に隠し持っていた。
「サンプルは……ここにある……」
バーキンはそう言って口の中から何かを取り出す。それは1つのカプセルだった。どうやら最後のサンプルの在り処を誰にも知られないために、自分の口の中に仕込んでいたらしい。バーキンは震える手で、名前カプセルを開く。カプセルの中には、小さな紙片が入っていた。
「こ、れを……見れば分かる……」
バーキンはそれだけ言って、名前にそのメモを渡した。
「うっ……ァアアアアアッ!!」
「ウィリアム!?」
突然、バーキンが胸を押さえて苦しみ始める。
「僕から……離れるんだ……名前……!」
バーキンが名前の体を押し退けると、バーキンの体に再び変異が始まった。
「名前、離れろ!!」
ウェスカーは名前の腕を引き、バーキンから引き離す。バーキンの体が異常に盛り上がり、最早人ではないものへ変貌した。バーキンは名前達の姿を見ると、ゆっくりと向かって来る。
「名前、あれは最早バーキンではない。ここで終わりにする」
ウェスカーはそう言って、バーキンに向かって銃を構える。
「そんな……」
ウェスカーは躊躇う名前を冷静に諭す。
「今はまだバーキンの意識があるようだが、恐らくT-ウィルスの感染と同じように次第に脳組織は完全に停止し、自我も記憶も失っていくだろう」
「…………」
「今倒さなければ、バーキンはB.O.W.となり、俺達を殺し、ラクーンシティに残された人々を殺す。それでも良いのか?」
「……いいえ」
名前もバーキンに向けて銃を構える。名前の手が震えているのを見止めたウェスカーは、名前の肩に手を置いた。
「俺達はバーキンを殺すんじゃない。ここで、楽にしてやるんだ」
「…………」
さようなら、バーキン。
名前とウェスカーの銃から弾丸が放たれる。それはバーキンの脳天を撃ち抜いた。バーキンは一瞬硬直し、ドサリとその場に倒れ込む。
「ウィリアム!!」
名前がバーキンに駆け寄ると、バーキンはまだ呼吸をしていた。脳にダメージを受けてまで命があることに、名前はG-ウィルスの凄まじい生命力を感じた。だが、バーキンが一命を取り留めたことに、このときばかりはありがたいとも名前は考えていた。
「殺し、て……くれ……」
バーキンがそう言って名前の手を物凄い力で掴んだので、名前はその人ならざる力に一瞬顔を顰める。
「ウィル……」
本当にこのままバーキンを殺すしか手立てはないのか。
「ワクチンは……ワクチンはないの?」
「…………」
バーキンは何も言わず目を閉じる。代わりに目から一筋の涙が流れた。
「感染から時間が経っている……ワクチンを投与しても、恐らく命は助からない」
名前達の様子を背後で窺っていたウェスカーがそう言う。
「そんな……ウェスカー、ウィルはあなたの友達でしょう?そんな言い方って……」
「……すまない。だが、今バーキンを救う方法は、本人の言う通りにするしかない」
G-ウィルスについて一番詳しいのはバーキンだ。そのバーキンが対策を何も言わない以上、やはり命を断つしか方法はないのだろう。それを悟った名前の目から止め度なく涙が流れる。
「何で……何で、自分にGを使ったのよ!!」
喚きながらバーキンに縋る名前の頬に、バーキンの手が触れる。
「君の……姿が、浮かんだから……」
「……?」
「襲われて、死にかけたとき……名前の姿が……」
バーキンはそう言って、名前の頬から伝う涙を拭う。
「死にたくないと、思った……ただ、名前に、逢いたかった……」
「ウィル……」
名前はもう何も言うことも出来ず、頬に触れるバーキンの手に、自分の手を添える。
「頼む……ウェスカー……名前を、守ってくれ……」
「ああ……分かった」
血に塗れたバーキンの震える手を、ウェスカーは力強く掴む。
そのとき、名前達の側にある建物がガラガラと凄まじい音を立てて崩れ始めた。
「!!」
このままだと建物の下敷きになる。名前とウェスカーは突破口がないか辺りを見回した。そのとき、名前とウェスカーの背後で何かがユラリと動いたかと思うと、名前達の体は宙に吹き飛ばされた。
一瞬の出来事に何が起こったのか理解出来ず、名前は辺りを見回す。そして、崩れ行く建物の側にバーキンの姿を見た。
名前とウェスカーの体を建物から引き離したのは、バーキンだった。
「ウィル……」
バーキンは穏やかな笑顔を浮かべていた。その姿は、崩れ行く建物の瓦礫の中へ消えた。
―――――
ラクーンシティの構造を熟知していたウェスカーのおかげで、名前達は無事に街を抜け出すことができた。荒廃したラクーンシティを背に、ウェスカーと名前はもう車さえ通らないハイウェイの上歩き続ける。
「これからどうするつもりだ?」
道が二つに分かれる手前に差し掛かると、ウェスカーは名前にそう尋ねる。
「私は、ウィリアムの開発したG-ウィルスを守り抜く。G-ウィルスの力を活かしてくれる人に、ウィルスを託したいと思う」
「バーキンは君にGを託した。ならば、君自身が利用しようとは思わないのか?」
「私の手には有り余るものよ」
「……ならば、それを私に渡してはくれないか?」
「ウェスカー……」
名前が立ち止まり、ウェスカーも立ち止まる。名前は一瞬判断に迷ったが、バーキンがウェスカーを友人として、研究者として信頼していたことを想うと、ウェスカーに渡すことが至極自然なことのように思えた。
名前自身もバーキン、ウェスカーと共に今まで時を過ごしてきた経験から、ウェスカーは信頼に足る人物だと思っている。
「分かった」
バーキンの一番の友であるウェスカーなら、G-ウィルスの力を活かしてくれると思えた。名前もアンブレラの研究者である以上、一般人、善人ではない。
開発したウィルスによって多くの人が死ぬことは分かっている。だが、例えG-ウィルスがウェスカーによって利用され、新たなB.O.W.が開発されるとしても、それはアンブレラ研究者の一人として喜ばしくもあり、誇り高いことなのだ。
「ウィリアムの成果、無駄にはしないでね」
「ああ。必ず期待に応えてみせる」
名前の手からウェスカーへ、バーキンに託されたカプセルが渡される。
「名前」
「何?」
「お前は、とても優秀な科学者だ。正直、私はここで名前と別れるのは惜しいと思っている。私と一緒に来ないか?」
ウェスカーはそう尋ねたが、名前は微笑んで首を横に振る。
「私はこれから、別の研究所で自分の仕事を続けるわ」
「そうか……」
アンブレラで行われていた倫理観のない研究を思い出し、名前はもううんざりだと話す。
「お前は相変わらず、感情を捨て切れないのだな」
「……ええ、そうみたいね」
「だが、バーキンは君のそういうところに惹かれたのだろう」
「!」
ウェスカーは名前にそう言うと、困ったことがあったら俺を頼れと言って、二股に分かれた道の右側を進む。
「……ウェスカー。私達が、ウィリアムの想いを引き継いで行きましょう」
名前はそう言って、ウェスカーが進んだ道とは反対の左側の道を進んだ。二人の姿は、彼らの姿、痕跡を隠すように、夜の闇へ消えた。
―――――